短編集
結婚二年目。
俺は一年目の失態を取り戻すために計画を練り、一流レストランを予約した。ベジタリアンな妻を満足させる為に店側にお願いしてベジタリアンディナーを用意したのだ。だが記念日の夜、妻が風邪をこじらせてディナーには行けないと言ったのだ。
妻は泣いてわびていたけれど、妻の風邪の方が心配だった俺は、すぐに店に電話を入れて予約をキャンセルして風邪薬とおかゆの材料を買い込んで帰宅した。
勿論キャンセル料は存外高く取られたけれど、俺としては一日中妻と一緒に居れた訳だから、悪くない結婚記念日だった。妻は俺が作った不味過ぎるおかゆを眉を下げながら食べていたから妻にとっては良くない記念日だったかも知れないが。
誰もいないリビングから台所へ移動した俺は、ふと不思議な事に気が付く。
黄色い柄の子どもが使うオモチャみたいな包丁が一つない。いつからかと言われれば分からない。それでもないと気付いたのは、俺があの包丁に殺されそうになったからだ。忘れもしない、結婚記念日三年目の夜。
一年目、二年目とロクな記念日に出来なかった俺と妻は話し合って家でゆっくり記念日を過ごす計画を二人で立てた。
どちらが何を担当するか、なんて事は決めずに一緒に買い物をして一緒に料理を作って一緒にご飯を食べて一緒に片付けをしてその後は映画のDVDでも見ながらゆっくり一日を過ごす計画だ。
だが事件が起きたのは二つ目の工程の料理。
メニューは特に豪華なものでもなく、質素なものでもなく普通の夜ご飯。俺は妻の指示通り材料を切っていた。妻に渡されたのは妻がいつも使っている銀の包丁ではなくて、黄色い柄と白い刃をした可愛い包丁。
「貴方は不器用だからこれでね」とクスクス笑いながら妻に渡されたのだけれど、それが俺を心配しての行動だとすぐに気付いたので何も言わずに受け取った。材料を切り終えて包丁を荒い、棚に直そうとした。
だがその時俺は包丁ではなく吹き零れた鍋にあわてる妻を見ていたので、危険に気付かなかった。包丁から手を離した時、それを入れた棚がぐらりと傾く。
そして俺の頭上からがちゃがちゃと音を立てて色んなものが振って来た。そして包丁は俺の腹に刺さったのだ。
俺の腹から流れる血を見て妻は卒倒。吹き零れた鍋もそのままに、落ちた棚もそのままに、流れる血だってそのままに、俺は自力で救急車に電話をして妻と俺を運んでもらったのだった。
そんな包丁がない。
だがやはりいつからないかは分からない。あれ以来俺は台所に立つことさえ許されなくなったのだから。ぼろくなって捨てたのか、それとも違う場所に保管しているのか。
そういえばあれは右利き用の包丁だった。俺は右利き、妻は左利きだからあの包丁は本当に俺の為の包丁だったのだろう。妻が帰ってきたら聞いてみよう。俺は懐かしい腹の傷をシャツの上からさすって台所を後にした。
妻がいそうなのは二階だろうか。洗濯物でも取り込んでいるのかも知れない。俺はそんな事を考え、妻を捜して階段を上がろうとした。ふとまた脳裏をよぎる思い出。この階段にも記念日の思い出がある。