短編集

 頭を切り替えて俺はソファーに腰を下ろした。新婚当時に買ったふかふかのソファーだ。淡いくすんだ妻の好きな緑色をしたそのソファーは妻が選んだものだ。

 二人暮らしには少しだけ大きなソファーだが、妻は同棲していた時に俺がよくソファーで眠っていた事を考慮してくれたらしい。これなら転がらないでしょう、と言っていたのを覚えている。

 テレビの中ではベテランのアナウンサーが幾つもあるニュースを読み上げていた。あと五分もすればバラエティの一つでも始まるのだろう。俺はテレビ台のビデオデッキを見た。

 六時五十三分。



『――なお、参院党は過半数を割っており、今後の議会に――』



 七時までに妻が帰って来なければ電話をしてみよう。いつもなら多分、夕飯を作り始めた頃だろう。俺はいつも大体七時過ぎに帰宅するからそれに合わせて妻は料理を作ってくれていた。今日はどうしたのだろうか。やけに遅い。

 俺が心配しすぎなのだろうか。



『――今月三日、西川区で女子高生が殺害された事件で――』



 それとも今日は十年目の結婚記念日だから沢山買い物をしているのだろうか。またはサプライズを考えているとか。そういえば俺は妻にプレゼントを買ってきたのだ。ふと机の上においておいた袋を覗く。随分前に欲しがっていたネックレスだ。

 あれはいつだっただろうか。一年前、いや、二年前、三年……いいや、もっと前だ。もしかすると欲しいものが代わってしまっているかもしれないな。だけど俺の妻なら要らないものを贈られても笑顔で受け取ってくれるに違いない。妻は優しいから、拒絶なんてしない。



『――昨日、東山区で女性の遺体が発見されました。遺体は――』


「事件ばかりだな」



 俺はチャンネルを変えようとリモコンを取り、テレビに目を奪われた。そういえば東山区と言えば、この近所じゃないか。怖いな。この辺でも事件が起きていたなんて。犯人は捕まったのだろうか。



『――司法解剖の結果、遺体は少なくとも五、六年前のものであると分かりました。現在警察が所持品等から身元を調べると共に――』



 数少ないその所持品と遺体が着ていた服がテレビ画面に映し出される。細いシルバーのリングと緑色の鞄。そして――。



「ただいま」



 妻が帰ってきた。俺はテレビを無視して妻を出迎えた。



「お帰り。遅かったな」


「ちょっと隣の奥さんに捕まってしまって。ごめんなさい」


「いや、いいよ」


「すぐにご飯を作るわね。ちょっと待ってて」


「うん。あ、荷物貸して。持つよ」


「ありがとう」



 買い物袋を預かって、俺はそれを妻の後に続いて台所へ運んだ。台所の電気をつけて買ってきたものを片付け始める妻。細長い指には細いシルバーのリングが光っている。俺が結婚指輪として送ったものだ。今でも大事につけてくれている。



「なに?」


「え、なにが?」


「じっと見てるから。何かあるの?」


「いや、何も」


「ふふ、変な人。座ってて。出来たら呼ぶから」


「うん」



 台所を後にして、俺は再びソファーに座った。暗いニュースはもう終わっている。今人気の芸人たちが出演するバラエティは先程のニュースを忘れさせる。

 そういえば今日から新しいドラマが始まるらしい。その俳優や女優たちもバラエティに出ている。面白そうなドラマはあっただろうか。後でテレビ欄でも見てみよう。
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