短編集
返事をして彼女の姿を凝視する。どうしてだろう。何でだろう。疑問ばかりが頭を過ぎる。急に不信感が浮かびだす。
回したチャンネルがようやくニュースを映し出した。三日に女子高生が殺害されたニュースだ。この事件の犯人は捕まったと報道されている。そして次のニュースに写る。昨日、遺体が見つかった事件。
夕方と同じく細いシルバーのリングと緑の鞄が映し出される。机の上にあるシルバーリングと同じだった。その後。妻が帰宅して見れなかった続きが流れる。ベビーピンクのスカートと可愛らしいリボンのついたシャツ――それが被害者が当時着ていた服装だと言う。
「あの、なあ、ちょっと、タバコ買ってくる」
「タバコなら買ってきたよ」
「あぁ、変えたんだ。今日から、だから、それも吸うけど」
「ご飯が終わってから行ったら? 遅くまで起きてるでしょ」
「そうだけど、忘れないうちに、と思って」
「――そっか」
女が笑った。
「じゃあ早く帰ってきてね。ご飯もう出来るから」
「あぁ」
俺はゆっくりと家を出て、戸を閉めて、駆け出した。
一体どうなっているのだ。
あれは何だ。
いやただ利き手を変えただけかもしれない。今日はたまたま変えて、それで怪我をして。
じゃあなんで。
どうしてだ。
どうして。
どうしてあの時妻は倒れなかった。俺の腹から出た血が、シャツに滲むだけで卒倒したあの妻が。どうして自分の傷口を凝視出来たのだ。なぜベジタリアンな妻がステーキを十年目に作ったのだ。
俺は一度だってステーキが好きだなんて言った事はないのに。妻も好きじゃないのに。どうしてステーキが十年目に来るんだ。疑問ばかりが思考を遮る。
全うな思考じゃない。
多分俺は狂っているのだ。おかしい。こんな事考えるなんて――姿は俺の知っている妻だ。味覚は変わったのかも知れないし、利き手なんて変えられる。もしかしてこれが十年目のドッキリか?
頭を冷やすと俺の思考が馬鹿げていることに気付いた。俺は息を整えながら再び家に戻る。その間に今までの思い出を振り返っていた。結婚六年目、七年目、八年目、九年目、つつがなく幸せな日々を送ってきたじゃないか。
毎朝おはようと起こされて、いってらっしゃいと言われて、帰ったらおかえりと笑顔で迎えられ、おやすみなさいと就寝した――何でおやすみなさいと言えたのだ。妻は十時には眠るのに。俺はいつも、遅くまで起きているのに。
どうして。
家の戸の前に立ち、俺は混乱する頭で確信した。すると戸がひとりでに開き、玄関に立つ俺を女が迎え入れた。