短編集
「おかえりなさい」
「ただいま」
「ご飯、出来てるよ」
「うん。なあ、お前、いつから右利きになった?」
「え?」
「いつ、味覚変わったんだ?」
「なに、急に」
「なあ、好きな色は?」
「何なの、急に、ねえ」
「あのリボンの服、最近着てないな」
「――あれは」
「今でも俺の妻が着てるんだろ」
狂っているのは誰だろう。
「何で妻のふりなんかしてるんだ」
気付かなかった俺か、それとも。
「お前は、誰だ」
妻のふりをしたこの女か。
「どうして今まで気付かなかったのに気付いたの」
「俺の妻は左利きだ。それに血が嫌いでベジタリアンで」
「そこまで気付いて、私が誰か、まだ分からないの?」
女は笑っている。
「気付かなければ幸せだったのにね」
黄色い柄がその手にあった。
白い刃が俺に向いている。
おもちゃみたいなあの包丁が再び俺の腹を狙っている。何の因果だこれは。
「私も、アンタも地獄に落ちた方がいい」
恨む様なその声が俺の耳に届くと同時に振り上げられる腕。
「あんたは六年前に愛する人を殺した。私もそうよ」
突き刺さるのは白い刃かそれとも現実か。
「今からあんたを殺す」
後ろから笑って現れる人はもういない。これは事実。
「どうしてあの日、記念日なのに早く帰らなかったの?」