短編集

01


 昨日、突然彼女から電話が掛かってきた。用件は何かと尋ねると彼女は蚊の鳴く様な声で電話越しにこう言った。


「ごめん、死ぬかも知れない」と。


 だから心配になって朝一番に彼女の部屋へ行ったんだ。彼女は一人暮らしをしていたし、一人で死んでいくなんて悲しすぎると思ったから。せめて助けられなくても一緒に居てあげたいと、そう思ったから。




「交通事故、だって」



 ため息と共にそんな言葉が聞こえた。だがこの状況でため息を吐きたいのは俺の方だと言う事を分かって欲しい。朝が嫌いなくらい睡眠を愛している俺は一睡もせずに彼女のアパートに飛んできたのだ。心配で心配でたまらなかったから。

 だが彼女は死ぬどころか七時間しっかりと睡眠を取ってつやつやの肌に化粧を施していつでも出かけられますよ、と言わんばかりの格好で雑誌を眺めていたのだ。



「死ぬかも知れないって言ったよね」


「昨日ね。言ったわ」


「何でそんな事、言ったの」



 少しだけ、ほんの少しだけ責め口調で彼女に問いかけてみた。だがその少しには気付かれていない様子だ。雑誌のページをめくった彼女はこっちを向きもしない。



「だってこの雑誌に書いてあるんだもん」


「雑誌に? 死ぬって書いてあるの?」


「ほら。おうし座は交通事故で死ぬって」



 ――確かに。



「でも、おうし座はキミだけじゃないよ」



 彼女は「そうね」と何の抑揚もない返事をした。だけどもう雑誌のページは動かない。俺は暗い雰囲気の『事故占い』と言う何とも不思議な特集ページをもう一度眺めてみた。だが何度確かめても同じ。

 おうし座、交通事故に巻き込まれる可能性が高いので注意。と縁起でもない事が確かに書かれている。ちなみに二月生まれ、みずがめ座の俺はどうなのだろうか――と思った矢先に、彼女は雑誌をパタンと閉じた。



「でも私はRHマイナスなの」


「何それ」


「血液型。AB型のRHマイナスよ」


「うん。AB型なのは知ってる」


「珍しい型なの。RHマイナス」


「へぇ」


「日本人には0.5%しかいないのよ」


「もっといるよ、きっと」


「何を根拠にそう言えるのよ」


「さあ。でもそれがどうかしたの?」



 彼女はそこでようやく俺を見て、眉を下げた。そうして昨日の電話越しの情けなく切ない声をこちらに投げてくる。



「大怪我したら血がないのよ」


「どういう意味?」


「輸血が出来ないの」


「病院にストックがあるでしょ」


「ないかもしれないわ」


「珍しいならあると思うけどな」


「珍しいからないんじゃないの」



 ――困ったな。
 ネガティブだ。
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