短編集
 俺たちはすぐに出発をした。河童池まではそう遠くはない。森を一つ抜けるだけ。百鬼夜行までの時間はたっぷりあるが、俺は命を狙われている身。のんびりはしていられない。それに行ったは良いが参加出来ないとなれば洒落にならない。

 森へ入ってからの道中に問題はなかった。何度も『からす』が狙われる事に身に覚えはないかと聞いてくる事以外は。



「ないって言ってるだろう。何度言えば分かる」


「ちゃんと前回の事を思い出して下さい。何かあるかも知れない」


「お前、前回の百鬼夜行は百年前だぞ」


「知ってますよ」


「それを鮮明に思い出せと言うのか。阿呆らしい」



 からす天狗は飛べるがスピードが遅い。天狗は飛べないからか歩きは早い。しかし俺が今足を速めれば『レフト』を背負っている『若輩者』が根を上げてしまうだろう。だから急いでいるとは言っても、歩みはごく普通であった。その方が逆に狙われにくいかも知れないと『からす』はあたりを見渡しながら呟いていたけれど。

 森はじめじめとしていた。歩いていくにつれて日は昇り、太陽が真上に来る頃にはからす天狗たちは汗だくで息も上がっていた。ふと『若輩者』が弱音を吐き始める。このまま行けば夕方には河童池に着くだろうが『若輩者』も使いものにならなくなりそうだ。百鬼夜行は夜からか。まあ、少しくらい休憩しても間に合うだろう。仕方なく休憩しようと俺が目線で木陰を探していた時、思い出した様に『若輩者』が奴の名前を口にした。



「ヴィクセンじゃないっすか?」



 ヴィクセンと言うのは化け狐の名前だ。九尾の狐。百鬼夜行の掟を破って祭りの最中に妖怪を何人も殺し、百鬼夜行の参加を永遠に剥奪された妖怪だ。百鬼夜行の参加を希望する妖怪の中でヴィクセンの名を知らない者はいない程悪しき妖怪で、力は誰よりも強い。

 しかし奴がそんな事になったのは何千年と前の話だと聞いている。少なくともこの七百年の間ではない。今は改心したとの噂もあり、百鬼夜行の実行委員と取引をして永久剥奪を撤回してもらうために動いていると耳にした事もある。その結果がどうなったかは知らないが。

 そんな奴の名前を何故今思い出すのか。俺は奴に会った事さえないのに。疑問を込めた目で『若輩者』を見るが、奴は確信したと言わんばかりの勢いでもう一度「ヴィクセンだ」と言うだけであった。



「若君、もしかするとミリアムの言う通りかもしれませんよ」


「どういう事だ」



 『からす』の言葉に俺は眉をしかめる。



「毎度、姿を現す時は百鬼夜行の時だけ。ヴィクセンは何千年も前に、今の若君の様な暮らしをしていたと聞きます」


「今更、嫉妬か? あの九尾の狐が」


「九尾の狐も天狗も嫉妬くらいするでしょう」

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