短編集
 俺が言葉を返そうとした時、森がざわめいた。風じゃない何かを感じる。だがそれが何かは明確にならない。からす天狗たちはこぞって音のする空を見上げた。ただその時『レフト』だけは右翼があった背が痛いと唸っていたので、俺は上を見ずに奴の様子を見ていた。『レフト』を背負う『若輩者』が空を見上げると『レフト』は自然と背をそらす体制になるのだ。

 すると不意に『レフト』の向こう側の茂みが動いた。俺は無意識に目を細めてそれを確かめようとする。上を見上げながら『からす』が「気を付けて下さい」と言ったが、俺はじっと茂みを見つめるばかりであった。相手が出てくるまで待つべきか。それとも此方から仕掛けるか。そもそもこのざわめきは本当に誰かの仕業なのだろうか。もしかするとただの風だったかもしれない。さっきは冷静な判断が出来なかっただけかも――《ドンッ!》


 不意にすさまじい音がした。



「若君、隠れて下さい」


「何処にだ。命を狙う相手と鉢合わせしろと言うのかお前は」



 『からす』に皮肉を言うと、俺は立ち上がった。が、その時。先ほど音を立てた茂みから苦しそうな妖怪が一匹姿を現した。何かを言おうとしているが胸に受けた銃弾のせいで言葉にはならない様だ。あのすさまじい音はこれだったのか。いつの間にか森のざわめきは収まっていた。俺は倒れた妖怪の様子を見る。何を聞く事も出来ないただのモノである。奴は既に事切れいてた。

 途端、俺の目に一瞬だけ何かが見えた。黒い影。何者だ。森に住まう動物か。だがそれを考えている暇はなかった。すぐにその何者かが動き出したのだ。考える間もなくまた、あの音がした。そして悲鳴が上がる。



「ラーテン!」



 何が起きたのか理解する暇もなく影の気配は消えた。そして残されたのは腹に弾丸を撃ち込まれた『からす』だ。珍しく叫ぶ『レフト』に目を奪われていたら『若輩者』が俺の手を引っぱっていた。



「助けて、若君、助けてやってくれ!」



 あぁ、また珍しく淑やかに頼み事をするものだ。いつもは憎まれ口しか叩かない癖に。小さな身体に弾丸が撃ち込まれたらどうなるか、言わずもがな分かるだろう。先ほどのからす天狗の三倍は大きい妖怪だって、銃弾に負けていたのだぞ。『からす』は最早虫の息すらない。見れば分かる。弾は身体を通り抜けて、腹に空洞を作っているのだから。

 何て無残。そんな『からす』の姿を見ていると沸々と怒りが湧いてきた。頭の中には、天狗は手下を守るべきだと古臭い習わしを教え込まれた記憶が流れていく。捕まえなくてはいけない。『レフト』の右翼をもいで『からす』の腹に穴をあけた輩を。どうしても。
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