唇から零れる、アイシテル
。
「世界に、友香とふたりだけなら良かったのにな」
少し癖のあるわたしの髪を、節の目立たない細い指が、そっとすいていく。
指の持ち主である岬は、男にしておくのが勿体無いくらい、整った顔をしていた。
いつも柔らかい光をまとっている瞳は、いまはわたし友香ではなく、自身の指先に向けられている。
ナルシストという単語は、彼の容姿イメージにとても似合う。彼が自分のなにかを見ているだけで、うっとり見とれているように感じさせるからだ。
だが彼は、そのイメージとは真逆に位置する人物だった。
自分の内面に自信がなく、他人のなかで容姿イメージが先行するのを極端に恐れる。
甘いマスクをした彼は、ガラスハートの持ち主で、甘い言葉を呟くのがお得意。
甘い言葉を呟けば、少なくとも女の子は、自分を甘やかしてくれると知っているから。
「僕は、友香さえ隣にいてくれたら、他にはもう何もいらないんだ」
わたしが、教えた。
女の子にモテる容姿をしていたにも関わらず、全くモテなかった岬に、わたしは根気よく教え込んだ。
「この世界は、僕らには広過ぎると思わない?」
岬がモテなかったのは。
「ね、友香。――だから……」
髪から指が離れ、岬の両手がそっとわたしの顔を包み込んだ。
そしてそのまま、指をそろそろと這わせるようにして、両手がゆっくりと下へ向かい。
「僕らだけの、世界へ行こう」
それが合図。
岬の手が、わたしの首にかかる。
両の親指が、きゅっと喉を押す。
「……ん、」
ひゅう、と喉が哭いた。
力が弱まる。
わたしの首に巻かれた包帯は、彼がわたしに何度も甘い言葉を囁いてくれた証。
彼はいつも本気で、本気じゃない。
岬は、愛した女性と、ふたりきりの狭い世界へ行きたいと願う。
だがそれを理解してくれる女性は決して多くはなく。
付き合ってそれを知った女性だけではなく、噂で知った女性もまた、彼から遠ざかっていった。
『キモチワルイ』と。
そう言わなかったのは、わたしが初めてなのだ、と彼がホッとした顔をしたのは、何度目のときだったろう。
俯く岬から、わたしはそっと手を離した。
「岬……」
岬の首には、包帯が巻かれている。
わたしたちは本気で、本気じゃない。
ふたりだけの世界へ行きたいと願いながら、離れ離れになるのを恐れている。
同時に逝くのは、なかなかに難しい。
End