涙と、残り香を抱きしめて…【完】
少しばかり頑張り過ぎたか…
星良がいつの間にか寝息を立てている。
やっと俺のモノになった愛しい女…
無防備な寝顔がやけに幼く可愛く見え、自然と笑みが漏れる。
しかしその寝顔を見つめながら、俺の中である疑問が膨らんでいく…
それは、ピンク・マーベルの腑に落ちない営業方針だ。
星良にはあえて言わなかったが、理子がモデルに決定した直後、俺は社長秘書の田村に呼ばれあることを言われたんだ。
『今回の企画のイメージは、理子さんです。
彼女に似合うデザインを考えて下さい』
おかしな話しだ。
ウチはモデル事務所じゃないんだぞ。
その言い方は、まるで理子を売り出す為…みたいに聞こえた。
そもそも、アパレル会社がモデルに合わせて商品を考えるなんて変だろ?
普通はモデルが商品に合わせるものだ。
主役はあくまでも商品で、モデルじゃない…
一人、そんな事を考えていると、俺のスーツのポケットからスマホの震える音が微かに聞こえ、星良を起こさない様にソッとソファーを離れる。
リビングを出てディスプレーに眼をやると、俺は大きくため息を付く。
「はい…成宮です」
『深夜に悪いな』
「いえ…」
『例の件はどうだ?上手くいってるか?』
それは、俺が以前勤めていた東京の大手アパレル会社"グラン"の常務からのものだった。
「はあ…」
『なんだ?元気のない声だな?ちゃんと仕事をしてくれないと困るぞ。
何の為に君をピンク・マーベルに行かせたか分かっているんだろうな』
「…はい」
『君の今の地位があるのは、我が社のお陰だという事を忘れてないだろうな?
育ててもらった恩を返すのが君の仕事…
早くピンク・マーベルの内情を調べて報告しろ』
「分かってます…」
そう…
俺は、単にヘッドハンティングされてここに来たんじゃない。
俺の正体は…
グランから送り込まれたスパイなんだ…