涙と、残り香を抱きしめて…【完】
革靴の音を響かせ早足でこちらに歩いて来たと思ったら、私の腕を掴み強引に引っ張ってくる。
「来い!!」
「…やめて…離して…」
その手を振り払おうとした私の体にフワリと掛けられたのは、今まで仁が来ていたトレンチコート
えっ…?
まだ温もりが残るソレは、私の好きな優しい香りがした。
仁の香り…
「いいから、来い…」
その切羽詰まった様な声と、悲しげな瞳が私の心を揺さぶり、抵抗する腕の力が抜けていく。
慌てて駆け寄って来た成宮さんともみ合いながら、私の体を乱暴にスタジオの外に付き飛ばした仁が怒鳴る。
「調子に乗るな!!成宮!!」
仁の迫力に、一瞬、成宮さんの動きが止まった。
「勝手なマネしやがって…」
そう言った仁の体も震えていた。
それでも私を渡すまいと手を伸ばす成宮さんを止めたのは、明日香さんだった。
「冷静になりましょう。
専務は星良ちゃんに話しがあるのよ。
成宮部長補佐、少し待ちましょう」
納得出来ないって顔をしてる成宮さんだったが、渋々、掴んでいた仁の腕を放した。
ドアが大きな音をたて締まると、仁は無言で私の手を引き、廊下の奥にある撮影機材が置かれてる小部屋に入って行った。
「星良…」
振り返った仁の顔は、さっきまでの怒りに満ちた表情からは一変
私の知ってるいつもの仁に戻っていた。
「どうしてモデルを断らなかった?」
「どうしてって…こうするしかなかったから…
部の皆も私がモデルになることを望んだし…」
「皆が望めば、なんでもするのか?」
「仁…何が言いたいの?」
仁の真意が分からず訊ねる私に、彼は冷静な口調で答えた。
「…星良にモデルは似合わない…
今すぐ…辞めろ」