涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「成宮…さん」
薄明かりの中でも、彼の体がビクリと反応したのがハッキリ分かった。
「星良…起きてたのか?」
既に成宮さんの手にスマホは無く、ソレは絨毯の上で明々と彼の足元を照らしていた。
「…説明して。今の電話の相手は誰なの?
本契約はまだだとか、自分が戻る時はモデルを連れて行くとか…
なんの話ししてたの?」
「星良…」
成宮さんは頭を抱えソファーに座り込む。
「黙ってないで、教えてよ!!」
苛立ち怒鳴る私に、彼が観念したみたいに顔を上げた。
「分かった。話すよ…」
深々(しんしん)と冷えるリビングに、成宮さんの話し声だけが響く。
それは、想像もしてなかった内容だった。
彼が話し終えても、暫くは言葉を発する事が出来ないほど…
「…成宮さんが…スパイ?」
「あぁ、でも…こんなバカげた事、本意じゃなかった。
仕方なくだ…
だがな、今日の水沢専務の星良に対する態度で俺の気持ちは変わった。
俺は本気でピンク・マーベルを売る決心をしたんだ」
「そんな…ダメだよ!!
絶対にダメ!!」
「なぜだ?星良は悔しくないのかよ?」
「それは…」
悔しくないワケない。
今まで頑張ってきた事を全て否定されたんだもん。
でも、だからと言って、会社の極秘情報をリークするなんて許されない。
私は必死で成宮さんを説得した。
白々と夜が明け、朝日がカーテンの隙間から漏れ出しても、彼は首を振り続けたんだ…
「星良、ピンク・マーベルを辞めて、俺と一緒にグランに行こう」