涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「資金提供の約束をした」
水沢専務の言葉に、役員達がザワめきだす。
「それは…公表出来る正規の資金提供なのですか?」
「口外無用…それだけ言えば、分かるだろ?」
平然とそう言い放つ水沢専務に、俺は怒りを覚えた。
汚い裏金を使って契約か…
でも、そうやってスマしていられるのも今の内だ。
なぜなら、ピンク・マーベルは契約なんて出来ないんだからな。
それを知った時の水沢専務の落胆した表情が眼に浮かびほくそ笑む。
しかし、その為にはピンク・マーベルが提示した金額を知る必要がある。
「で、水沢専務、資金提供の金額は?
いくら渡すつもりなんですか?」
さり気なく訊ねたが…
「デザイナーの成宮部長には、関係無い話しだ」
「はぁ?俺にだって、知る権利はあるはずです」
「君はそんな余計な事は考えず、デザインの事だけ考えていればいい」
チッ…。どこまでもムカつくヤツだ。
結局、金額は分からずじまい。
まぁ、いい。
またチャンスはくるだろう。
そして、その夜。
星良の作ってくれた夕食を一緒に食べていると、星良がほとんど手を付けず箸を置いた。
「どうした?調子でも悪いのか?」
「うぅん。ちょっと食欲が無いだけ…」
見るからに元気がない顔で、そう言う。
原因は薄々、気付いていた。
コールセンターに移動してから、ずっとこんな感じだ。
今までファッション関係一筋で頑張ってきたんだもんな…
全くの畑違いの仕事は疲れるだろう。
水沢専務の気まぐれで星良が苦しんでいると思うと、益々、怒りが込み上げてくる。
「星良、そんなに嫌なら、辞めちまえよ」
なのに星良は、小さく首を振る。
「今の仕事がイヤってワケじゃないの…
私は成宮さんの事が心配なのよ。
ねぇ、お願いだから、スパイなんてやめて?」
「それは無理な相談だ。
俺はお前の為にも引き下がるつもりはねぇよ。
特に水沢専務は許せねぇし」
すると星良が思い詰めた様な眼差しを俺に向け、力無い声で言った。
「専務が私に辛く当たるのには…理由があるのよ」