涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「あ、いや…その…」
シドロモドロで引きつった笑いを浮かべる俺に、水沢専務は呆れた様に笑いながら言う。
「何、遠慮してんだ?入れよ」
「あぁ…はい」
どうやら怪しまれてはないようだ…
ホッと胸を撫で下ろし、障子を開け水沢専務と個室に入る。
資金のめどが付いたからか、社長はご機嫌で昼間っからビールを注文し、俺にまで飲めと勧めてくる始末。
しかしその間も、俺は揺れ動く心の葛藤に苦しんでいたんだ…
そして食事が終わると、社長は迎えの車を呼び、田村と出掛けて行った。
融資の件で銀行にでも行ったのか…
そうなると、必然的に残された俺と水沢専務は2人っきりで一緒に社に戻る事になる。
暫くはお互い何も喋らず無言で歩いていたが、フッと昨夜の事が思い出され、徐々に怒りが込み上げてきた。
「水沢専務…星良に聞きましたよ。
あなたと彼女の関係…」
少しは動揺すると思っていたが、水沢専務は平然とした顔で一言「そうか…」と言っただけだった。
「それだけですか?」
「他に何を言えばいい?」
その冷静なもの言いが、更に俺の怒りを増幅させた。
「8年も星良を縛り付けたあげく、他に女が出来たら容赦なく捨てる…。それが地位も名誉もある男のする事かよ?
で、捨てたら目ざわりだからって、コールセンターに移動させる?
アンタのした事は最低だ!!
男としても、人間としても…な!!」
興奮して怒鳴る俺を冷めた眼で見つめている水沢専務。
「成宮部長、君が島津課長にどんな話しを聞かされたかは知らないが、俺と彼女が付き合う時、約束したんだよ。
俺は結婚してる。辛い想いをさせるかもしれない。それでもいいなら付き合うと…
彼女は、それでもいいと言った。
だから付き合ってやったんだ。
それを今更…
まぁな、アイツは抱き心地は良かったから、ちょっともったいない気もするが、飽きたしなぁ…
後の事は成宮部長に任せるよ。
せいぜい可愛がってやってくれ」