涙と、残り香を抱きしめて…【完】
信じられなかった。
星良が8年間も想い続けた男の正体が、こんな酷いヤツだったとは…
歩き出した水沢専務の背中を睨み付けながら、俺は怒りに震えていた。
「許せねぇ…あの男だけは…絶対、許せねぇ…」
もう俺に、躊躇(ちゅうちょ)する気持ちなど微塵(みじん)も残っていなかった。
こんなヤツ、俺が潰してやる!!
水沢仁を潰してやる!!
俺はスーツの内ポケットからスマホを取り出すと、迷い無く指を滑らせる。
「もしもし、常務ですか?
例の裏金の件、金額が分かりました。
ピンク・マーベルが支払う金額は…5千万です。
至急、手を打って下さい」
人ごみに見え隠れする水沢専務の背中に向かって、俺は心の中で叫んでいた。
ざまあみろ!!アンタは、もう終わりだ!!
役員達の前で、あんなに自信満々で宣言したんだもんな。
契約が飛べば、責任を取るのは当然の事。
もうピンク・マーベルには居られないだろう。
その時がくるのが楽しみで堪らねぇよ!!
その夜
俺はあえて水沢専務が言った言葉を星良に伝えた。
残酷な事だと分かっていたが、彼女を納得させるには、それしかないと思ったからだ。
予想通りショックを受けた星良は動揺し、取り乱していた。
必死で涙を堪えている星良の姿に胸が痛む。
俺は星良を力一杯抱きしめ
優しく語り掛ける。
「星良…
今は辛いかもしれない。
でもな、俺がやってる事は全て星良の為なんだ…分かってくれ」
だが星良は、人形の様にピクリとも動かず、何も言ってはくれなかった。
しかしそれ以降、俺のする事に口を出したり反対しなくなったんだ。
それが星良の出した答えなんだと、俺は理解した。