涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「なっ…何を言ってるんですか?
俺が裏切り者だなんて…どこからそんなデタラメ…」
落ち着け…落ち着くんだ…
必死で自分に言い聞かせる。
しかし、ここに居る全員の疑いの眼差しは、間違いなくソレを確信してる様だった。
「ったく…冗談じゃない!!
証拠は?…証拠はあるんですか?」
俺が声を荒げると、社長の後に立っていた水沢専務が、俺が入って来た扉とは違うもう一つの扉に向かって歩き出した。
そして、開け放たれた扉の向こうから、思いもよらぬ人物が現れたんだ…
その人物に、俺の眼は釘付けになる。
「まさか…」
「久しぶりね。成宮」
「凛子…先生」
それは、俺がこの業界で一番、尊敬しているデザイナー
マダム凛子だった。
「どうして凛子先生が、ここに…?」
難しい顔をした凛子先生は、社長の横の一人掛けのソファーに腰を下ろすと、気だるそうに足を組み俺を真っすぐ見つめる。
「ピンク・マーベルと契約する為に来たのよ。
そして、卑怯な手を使って契約を取ろうとしたヤツを懲らしめに来たの」
「卑怯な…手…?」
「そう。金で契約を買おうとしたおバカさんにお仕置きしなきゃと思ってね」
嘘だろ…全てバレてるという事なのか?
頭の中が真っ白になり、全身から気持ちの悪い汗が噴き出す。
「まさか成宮がそんな事するなんてね…
この事実を知らされた時はショックだったわ」
眉間にシワを寄せ、俺を恨めしそうに見つめる凛子先生の姿を、まともに見る事が出来ない。
「…どうして…ですか?
なぜ、俺だと…」
俺の問い掛けに答えたのは、水沢専務だった。