涙と、残り香を抱きしめて…【完】
本当なら、この後、成宮さんの同級生がやってるパブ"フォーシーズン"に行く予定だったけど、なんだかすっかり気力が無くなってしまいマンションに戻って来てしまった。
お母さんは悪気があって、あんな事言ったんじゃないというのは分かってる。
でも…
重い足取りでエレベーターを降り、バックから部屋の鍵を出そうとしたところで人の気配を感じ顔を上げると、私の部屋の前に意外な人物が立っていた。
「…安奈さん?」
「やっと、帰って来た」
彼女は機嫌が悪そうなムスッとした顔で私を睨んでいる。
「何か用?」
「信じらんない。シラ~っとした顔しちゃって…」
いきなり突っ掛かってきた安奈さんにイラッとして、私も負けじと彼女を睨み付けた。
「彼氏が大変な事になってるっていうのに、呑気にお出掛けですか?」
「なんなの?どういう意味よ?」
「蒼君、居なくなっちゃったんだって?
お姉さん彼女のくせに、心配じゃないの?」
蔑(さげす)む様な眼をして生意気な口を利く安奈さんに本気で怒りを覚えた。
「あなたには関係無い事よ。
それに…蒼君って…いつからそんな呼び方してるのよ」
「フン!!そんなのどうでもいいでしょ?
それより、蒼君がこんな事になったのは、お姉さんのせいなんでしょ?
とぼけてもダメだよ。
あたし、知ってるんだから…
蒼君が仁君の会社のスパイしてたの」
「えっ…」
この娘、一体、何者なの?
どうしてそんな事まで知ってるのよ。
「蒼君がそんなバカなマネしたのは、お姉さんの為…
なのに、蒼君だけが悪者にされるって、そんなのおかしいよ!!」
怒り狂って大声で叫ぶ安奈さんに、私は何も言い返せなかった。
だって、彼女が言ってる事は、事実だから…
「なんとか言いなさいよー!!
蒼君、どこ行っちゃったのよー!!」
安奈さんの真っ赤に充血した瞳には涙が溢れ
今にも掴み掛って来そうな勢い。
その迫力に、私は圧倒されていた。
どうして?
この娘…どうしてそこまで成宮さんの事を?