涙と、残り香を抱きしめて…【完】
言われるまま彼女の前に座り、ソッと顔を上げると、険しい顔をしたマダム凛子がメンソールのタバコに火を点けようとしていた。
甘い香りと共に、揺らめく白い煙が天井に向かって伸びていく…
私は奥歯を噛み締め彼女の言葉を待った。
でも、どんなに待っても何も言ってこない。
長い長い沈黙…
その間、マダム凛子は一度も私を見ようとはしなかった。
どうしていいか分からない私は、この場から逃げ出したい…という思いを抑えるのに必死で、もう、生きた心地がしなかった。
彼女が吸っていたタバコが灰となり、大理石の灰皿に押し付けられると、やっとマダム凛子が私と視線を合わせ話し出した。
「じゃあ、あなたのウォーキング…みせてもらおうかしら?」
「ウォーキング…ですか?」
全く予想してなかった彼女の言葉に驚き、素っ頓狂な声を上げてしまった。
すると、社長室の扉が開き、社長と見知らぬ中年女性が部屋に入ってきたんだ。
「星良、もう来てたんだな。
で、マダム凛子との話しは済んだのか?」
「あぁ…社長…」
社長が来てくれた事にホッとしてると、中年女性が鋭い眼つきで私を見つめている事に気付き、息を呑む。
「星良、こちらの方は、ファッション雑誌モードジャパンの編集者で工藤さんだ。
マダム凛子専属で、今回の企画を取材する為に来てくれたんだ」
モードジャパンと言えば、業界№1のファッション雑誌じゃない。
どうりで着いてるモノのセンスがいいワケだ。
でも、一流雑誌の編集者を従えて来るなんて、さすがマダム凛子だな…
「そう…ですか。
初めまして…島津星良です」
深々と頭を下げると「どうも…」という愛想のない返事が返ってきた。
マダム凛子といい、工藤さんといい
なんだか、怖い。