涙と、残り香を抱きしめて…【完】
でも、"あの娘"って誰だろう?
"あの娘を説得するのは至難の業…"
もしかして、仁の奥さんの事?
マダム凛子は仁の奥さんを知ってるのかもしれない。
だから、あんな事を…
様々な想像が頭の中を駆け巡る。
だけど、仁が離婚しようがしまいが、もう私には関係無い事だ…
ため息を付き、自分の必死さに呆れていると、私はもっと重要な事を忘れていた事に気付く。
なぜ、マダム凛子がここに居るの?
彼女は成宮さんと会ってたはず。
成宮さんは、マダム凛子との話しが済んだら直ぐにここに来ると言ってた。
なのに、なぜ…
それから1時間ほどして仁とマダム凛子は帰って行った。
仁の事は関係無いなんて思っても、やはり気になり、マスターにそれとなく仁の事を訊ねてみた。
「ねぇ、マスター。
今、出てったカップルの男性って、どこかで見たことある様な気がするだけど…。マスターの知り合いなの?」
「あ、仁さんの事?
彼は栄にある会社の専務さんで、僕が独立する前に勤めていたお店の常連さんだったんだよ。
このお店がオープンした時はお祝いに来てくれて、豪華な開店祝いの花まで用意してくれてさ、義理堅い人なんだ…
でも、いつも飲みに来る時は一人だったんだけど、今日は綺麗な人と一緒でビックリしたなぁ」
知らなかった。
仁が一人で飲みに行ってたなんて…
会社もマンションも同じで、ある程度、仁の行動は把握してるつもりだったけど、私の知らない部分もあったんだ…
そして、仁達が帰った15分後、成宮さんが『フォーシーズン』に現れた。
「星良、遅くなってすまない」
息を切らし、いかにも急いで来たって感じだ。
「…いいよ。気にしないで…」
「悪いな…凛子先生の話しが長くて、こんな時間になっちまったよ」と笑顔の成宮さん。
彼を試す様な事はしたくなかった。
でも、確かめずにはいられなかった。
「…じゃあ、今までマダム凛子と一緒だったの?」