涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「はぁ?当然だろ?
凛子先生と別れて、急いでここに来たんだ」
成宮さんのその言葉を聞いた時、ホテルで見た缶コーヒーを思い出した。
彼は嘘を付いてる。
やはり、あの缶コーヒーも…
でも、それ以上聞く事が出来なかった。
私は怖かったんだと思う。
この疑惑が確信へと変わるのが…
その後、成宮さんはマスターと昔話しで盛り上がり、お店を出たのは深夜1時頃。
帰りのタクシーの中で、マダム凛子に東京へ来る様に言われたと成宮さんが話し出した。
「凛子先生のオフィスでデザイン出来るなんて最高だよ。
前に居た時は、雑用ばかりだったからなぁ~」
今朝、ホテルで会った時の成宮さんとは別人みたいに明るく嬉しそうに笑ってる。
「そう…東京か…」
車窓から夜の街をぼんやり眺めそう呟く私に「寂しい思いをさせるけど、これが終わったら結婚だ…」と優しく微笑んでくる。
「…そうだね」
なんだか素直に喜べなかった。
「星良もモデル頑張れよ。
それと、これはまだ公表されてないが、ショーは名古屋でするらしいぞ」
「えっ?名古屋で?東京じゃないの?」
「あぁ。理由は良く分からないが、凛子先生がそう言ってた」
「ふーん…」
数年ぶりに日本でショーをするっていうのに、どうして名古屋なんだろう?
東京で開催した方が注目されるばずなのに…
成宮さんは「部屋に寄ってくか?」と言ってくれたけど、なんだかそんな気になれず「疲れたから」と言って、自分の部屋に戻った。
彼が帰って来てくれた事は嬉しかったけど、心の奥底で燻っているモヤモヤとした想いが、私を憂鬱にさせていたんだ…