涙と、残り香を抱きしめて…【完】

ガランとしたレッスン室の奥でパイプ椅子に座り、携帯をいじっていた女性が視線だけをこちらに向けた。


「あぁ、おはよう。
その娘が凛子が言ってたモデル?」

「はい。素人同然ですが、宜しくお願いします」

「仕方ないわね…凛子の頼みじゃ断れない…」


携帯をパタンとたたみ大きなため息を付いて立ち上がった女性。その姿に息をのむ。


年齢はマダム凛子と同じくらいだろうか…
でも、そのスタイルと立ち姿は現役のモデルにも負けないほど美しい。


「あの…島津星良です。
宜しくお願いします」


慌てて頭を下げる私を、頭のてっぺんからつま先まで舐める様に眺めたと思ったら、不満気な顔で言う。


「そんな格好でレッスン受ける気?」


そんな事言われても、突然行けと言われたんだもん。レッスン用の服なんか持ってない。


「スーツじゃ…ダメですか?」

「はーっ…。まぁ、いいわ。
取り合えず歩いてみて」


わぁ…またウォーキングか…


マダム凛子に最悪と言われたウォーキングを披露すると、案の定、ダメ出しの嵐。


「ちがーう!!足だけで歩くんじゃない!!腰から歩くの!!」

「ダメダメ!!もっと顎を引いて!!背筋を伸ばしなさい!!」


そして、極めつけは…


「アンタ、ホントにモデル?
凛子ったら、何を思って大切なショーのモデルにアンタを選んだの?」


そんなのこっちが聞きたいわよ!!
もう泣きたい気分…


桐子先生の罵声に耐えながら、ようやく2時間のレッスンが終わった。


もう足はガクガクで立っているのがやっとの状態。


そして、丁重にお礼を言い
工藤さんとレッスン室を出ようとした私に、更なる試練が…


「あ、そうだ!!島津さん、今月中に3㎏落としなさいね」


え゛…今月中に…3…キロ?


< 186 / 354 >

この作品をシェア

pagetop