涙と、残り香を抱きしめて…【完】
マダム凛子がデザイナーとしてデビューした頃、桐子先生は既にトップモデルで、海外の有名デザイナーのショーに出ていた。
そんな桐子先生にマダム凛子は、自身初のファッションショーのモデルとして出て欲しいとオファーしたそうだ。
当時、桐子先生はパリのショーに出ていて、スケジュール的にも他のショーに出る余裕はなかった。
誰もが無謀な依頼だと笑ったそうだ。
でも、桐子先生は、パリのショーのモデルをキャンセルしてマダム凛子のショーに出た。
「どうしてですか?なぜ桐子先生は、そこまでしてマダム凛子のショーに?」
「分からない?
それだけマダム凛子のデザインが素晴らしかったのよ。
桐子先生は、マダム凛子のデザインに惚れた。
それ以降、桐子先生はモデルを引退するまでマダム凛子の全てのショーに出てくれたの。
そして、今では2人は親友…っていうか、戦友かしらね。
出身地も同じだったから、余計、引き合うモノがあったのかも…
でも、5年前に突然、桐子先生は東京のモデルスクールを閉めて、故郷の名古屋に戻ってしまって…。
マダム凛子は寂しかったと思うわ」
「桐子先生は名古屋出身だったんですか?
…って、いう事は、マダム凛子も名古屋出身?」
「ええ…」
工藤さんの表情が一瞬、曇り、遠い眼をして窓の外を見つめた。
でも直ぐに険しい顔をして強い口調で言う。
「いい?この事は口外しないでちょうだい。
マダム凛子のプライベートはほとんど公表されていないの。
彼女がここの出身だという事は秘密よ」
「あ、はい」
急に真顔になった工藤さんに驚きつつ返事をしたけど、一つだけ腑に落ちない事があった。
「でも、工藤さんはまるでマダム凛子のマネージャーみたいですね。
今日も私のレッスンに付き合ってくれたし…
編集者の方がそこまでするものなのですか?」
私の素朴な疑問に、工藤さんは苦笑いしながら答えてくれた。
「私もマダム凛子に惚れてるのかもね…
私は彼女を世に出した人間だから、ついお節介したくなるのかも…」