涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「今…なんて言った?」
星良を抱きしめたまま、俺は呆然と呟いた。
「私と成宮さんは、マダム凛子の企画が終わったら結婚するのよ」
…正に、青天の霹靂
「嘘…だろ?」
「嘘なんかじゃないわ。
もう成宮さんのお母さんにもお会いして、挨拶を済ませてるんだから」
星良と成宮が…結婚だと?
まさか…そんなはずは…
「お前が俺に話したいと言ったのは、この事だったのか?」
「…そうよ」
迷う事無く即答されても、納得など出来るはずがない。
なぜなら、まだあの感覚を俺の体がハッキリ覚えているからだ。
混乱する頭の中に蘇って来る甘い記憶。
星良との濃厚なキス…
まだお前の唇の温もりが残っているというのに…
「なら、どうして俺を受け入れた?」
「それ…なんの事?」
「星良の部屋でキスした時、なぜ俺を拒否しなかったんだ?
結婚を決めてたなら、当然、そうするだろ?」
「ふふふ…」
なんだ?笑ってるのか?
「あははは…」
星良が大笑いしながら俺の腕をすり抜ける。
「何がそんなにおかしいんだ?」
真剣に話している俺を、まるでバカにする様に腹を抱えて笑う星良に苛立つ。
「ははは…。もう、仁ったら、あんまり笑わせないでよ。
まさかソレ、本気で言ってるんじゃないでしょ?」
「茶化すな!!俺は本気だ!!」
すると星良が凍りつく様な冷たい眼をして俺を見つめた。
「あの時、私は酔ってたのよ」
「それがどうした?」
「まだ分からないの?
8年も付き合ってきて、私の事は分かってくれてると思ったけど…
そうでもなかったのね」
「あ…っ…」
やっと星良が言っている言葉の意味を理解した俺は、すっかり暗くなった天を仰ぎ、苦笑いを浮かべる。
なるほど…そういう事か…
「私、酔うとキス魔だから…
好きじゃなくてもキスしたくなっちゃうのよね。
もう忘れたの?」