涙と、残り香を抱きしめて…【完】
俺が受けたショックは、言葉では言い表せない。
今まで、2人が夫婦だなんてこれっぽっちも思った事が無かったから、気にも留めなかったが…
冷静になって考えてみると、思い当たる事は多々あった。
そう言えば、水沢専務が凛子先生のデザインしたスーツ以外着ているのを見た事かない。いくら上場企業の専務でも、一着数十万もするスーツをあんなに何着も揃えられるはずがない。
それに、今回の企画だ。
この業界で一番、力を持つと言われているグランを抑え、新参者のピンク・マーベルが選ばれた事が不思議だったが、凛子先生の旦那が水沢専務なら納得出来る。
だが待てよ。水沢専務と凛子先生が夫婦だという事はなんとなく納得出来たが、安奈のあの言葉はおかしくないか?
俺の腕に手わまわし体を密着させている安奈に、その疑問を投げ掛けた。
「…なぁ、さっき俺の事が好きだとか言ったよな」
「うん…」
「だったら、なぜあんな事言った?」
「あんな事…って?」
「星良と絶対に別れるな…安奈ちゃんは俺にそう言っただろ?
あの時は、水沢専務と星良がどうにかなるのを心配してそう言ったんだと思った。
でもな、君が俺の事が好きなら、あんな事言うのはおかしいだろ?」
すると安奈は俺の腕から手を離し、膝の上で両手をギュッと握りしめた。
「仁君を…誰にも取られたくなかったから…
仁君が他の女性を好きになるなんて耐えられなかった。
ずっとあたしだけの仁君で居て欲しかった」
一瞬、良からぬ想像をしていまいゾクッとする。
「…ヤだ!!蒼君、もしかして今、変な事考えなかった?」
「あ、いや…」
自分の気持ちをズバリ言い当てられ焦って缶コーヒーを一口飲む。
「近親相姦なんかじゃないよ」
「ぶっ…」
あっけらかんとした顔でケラケラ笑う安奈。
でも、直ぐに真顔になり寂しそうな眼をして言う。
「家族ごっこ…してたかっただけなの…」