涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「家族ごっこ?」
「そう…もう10年も前に壊れて気持ちがバラバになってたのに、形だけの家族を続けて家族ごっこしてたの。
全部、あたしの我がまま。…仁君もママも離婚したがってたけど、あたしは絶対にイヤだった」
安奈が俯いたまま、ふっ…と笑う。
「だから、仁君が他の女性を好きになるなんて、ありえない事。
絶対、許せない裏切り行為。
仁君は一生、あたしの父親として側に居て欲しかった…
だから、仁君と星良さんが付き合ってるって知って我慢出来なくて、大学進学を口実に名古屋に来たの。2人を別れさせる為に…」
なるほどな…"家族"というモノに執着するあまり、それを脅かす星良の存在が許せなかったって訳か…
「仁君は彼女と別れてくれたわ。
星良さんより、娘のあたしを選んでくれた。
嬉しかったけど、それでもまだ不安で、仁君のマンションで一緒に住む事にしたの。
そこで偶然、蒼君が仁君の会社に勤めていて、星良さんと付き合ってるって知って、怒りが込み上げてきた…」
「怒り?」
「そうだよ!!蒼君が憎くて堪らなかった!!」
突然、怒りだした安奈に驚いていると、その瞳に再び涙が溢れ出す。
「…さっき、言ったでしょ?
蒼君と缶コーヒーを飲みながら話すのが、唯一の楽しみだったって…
なのに…蒼君は、あたしには何も言わずママの事務所を辞めて居なくななった。
あたしはまた、独りぼっちになっちゃったんだ…
あたしが大切に思う人は皆、あたしから離れてく…
誰もあたしの事なんか見てくれない」
安奈の膝の上で堅く握られた手が震え、その上に小さな雫が止めどなく落ちていく。
「安奈ちゃん…それは違うよ。
確かに君に何も言わず辞めたのは悪かったが、それを言う暇が無かったんだ。
ある日突然、凛子先生にグランに行けと言われたんだよ。
グランの社長には話しをしてあるから、明日から出社しろと…
将来の為にも色んな所で勉強するのはいい経験になるってな。
急な事でバタバタして、安奈ちゃんに別れを言う事も出来なかった」