涙と、残り香を抱きしめて…【完】
一瞬、時間が止まった様に静まり返る部屋。
「私が、そんなに憎いの?」
絞り出す様な低い声で凛子先生がそう聞くと、安奈が更に低い声で答える。
「憎いに決まってるでしょ。
あたしの大切な家族を壊した張本人なんだから…」
再び数秒の沈黙の後、凛子先生が静かに立ちあがる。
「そう…分かったわ。
もう何も言わない。好きにすればいいわ」
凛子先生も、娘にそこまで言われて流石にショックだったんだろう…
伏し目がちに玄関に向かって歩き出す。
いつもより小さく見えるその背中を見つめながら、俺は全て終わったと確信し、深く頭を下げた。
「凛子先生…お世話になりました」
足を止めた凛子先生が振り返る。
「それ、なんのつもり?」
「こんな事になってしまって、もう凛子先生とは一緒に働けません。
責任を取って企画から外れます」
すると凛子先生は、俺をジッと見つめ、落ち着いた口調で言う。
「成宮…明日は出勤しなさい」
「えっ?」
「仕事とプライベートは別よ」
「…凛子先生」
それだけ言うと凛子先生は部屋を出て行き、玄関の扉が閉まったと同時に安奈が泣き崩れた。
「大丈夫か?安奈ちゃん」
そっと安奈の体を抱きしめると、更に激しく泣き「どうしてあたしを抱いてないって、ママにちゃんと否定しなかったの?」と聞かれた。
「さあな…なんでだろうな…」
そう言って、安奈の体を強く抱きしめると、なんとも表現し難い感情が込み上げてきた。
それが同情なのか、愛情なのか…
自分でも分からなかった。
「でも…もうあたし…帰るとこ無くなっちゃった…」
「…心配するな」
ただ一つ、分かっていたのは、安奈を守りたいというこの気持ち。
「…安奈ちゃんは、ここに居ればいい」