涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「…そうですね。事情が事情ですから仕方ないですね」
「しかし…凛子ちゃんには、なんて謝ればいいか…
大切なショーだったのに…」
誰が悪いワケじゃない。
なのに、こんな時までショーの事を心配してくれる香山さん。優しい人だ。
「彼女には、島津から電話があった時点で連絡しておきました。
今日の夕方に名古屋に来る予定だったんですが、予定を変更して今から東京を出ると言ってましたから、もう着く頃だと思いますよ。
今後の事は、凛子が来てから話しましょう」
仁がそう言った直後にマダム凛子からメールが届き、今、名古屋駅に到着したのですぐに病院に向かうとの事。仁が一階の喫茶店で待ってると返信した。
待つ事、30分。
真っ青な顔をしたマダム凛子と工藤さんが喫茶店に掛け込んで来た。
「香山さん…桐ちゃんは?大丈夫なの?」
「凛子ちゃん、すまないね。
桐子は大丈夫だから…」
「本当に?嘘じゃないわよね?」
こんなに取り乱したマダム凛子を見るのは初めてだ…
それとは対照的に落ち着いた口調の香山さんがマダム凛子に座るよう促し、桐子先生の病気について話し出した。
「4年前、私が桐子にプロポーズした直後、彼女の脳に腫瘍があると分かったんだよ。
それを知った桐子は、結婚はしないと言い出した。
私に迷惑を掛けたくないからと…
そんな事を言われても、私だって納得出来ない。
必死で優秀な脳外科医が居る病院を調べ、辿り着いたのが、この病院だった。
それで、桐子を半ば強引に名古屋に連れて来て一緒に住むようになったんだが、彼女は事実婚で十分だと結婚しようとはしなかったんだよ。
でも、私の説得にようやく納得してくれて、やっと半年前に籍を入れる事が出来たのに…」
「じゃあ、4年前に突然、桐ちゃんが名古屋に行くと言い出したのは、その為?」
マダム凛子が手で顔を覆いながら声を震わす。