涙と、残り香を抱きしめて…【完】
皆が驚いて仁を見つめる。
「工藤さん、その招待状には、誰が結婚式を挙げるかは書かれてないんだろ?」
「え、えぇ…。名前は記載されてないわ。
日本を代表するトップモデルだった桐子先生が、1日だけモデルに復帰し、結婚式を挙げるっていうのがサプライスだったから…」
「そうか…なら、イケるな…
要は、本当の結婚式をすればいいんだろ?」
自信満々でそう言う仁に、マダム凛子が不信感たっぷりの顔で言う。
「その通りだけど、その辺のカップルを連れて来てショーに出すなんて出来ないのよ。あては有るの?」
「あるさ…」
仁がそう答えた次の瞬間、彼の視線が私に向けられたんだ…
「え、えぇ?…私?」
「そうだ。最高の代役だろ?」
嘘…でしょ?
突然の事で呆然とする私。でも、私より激しく驚いていたのは、意外にもマダム凛子だった。
「な、何言ってるの?ソレ、本気で言ってるの?」
「もちろん本気だ」
「でも…それは…」
マダム凛子が何か言いたげに眉を顰めるが、仁は顔色一つ変える事なく真剣な表情でマダム凛子を見つめている。
どうでもいいけど、すっかり置いてけぼりになってる当事者の私の気持ちはどうなるのよ?
「ちょっと、待って下さい!!」
堪らず叫んでいた。
「そんな勝手に決めないで下さい」
焦って身を乗り出す私に、仁の鋭い視線が突き刺さる。
「どうせ結婚するんだ。問題無いだろ?ショーを成功させる為だ。いいな?」
「でも…」
私が迷い返事を渋っていると、香山さんが優しく微笑み掛けてくる。
「星良ちゃん、この話し受けてもらえないだろうか?
君が代わりに出てくれれば、桐子も納得すると思う。
いや、君じゃなきゃ、桐子は納得しないだろう。
頼むよ」
「…香山さん」
心の中で本当に私でいいのか…という葛藤はあったが、香山さんにそこまで言われ頭を下げられたら…
断り切れないよ…
それに、この雰囲気。もう頷くしかなかった。
「…分かりました。
桐子先生の代役…務めさせて頂きます」