涙と、残り香を抱きしめて…【完】
断るべきだったのかもしれない。
理子に連れてこられたお洒落なパンケーキ屋に入っても、私はそう考えていた。
でも、彼女のあの一言が無性に気になったから…
"とっておきの話し教えてあげる…"
「それで、話しって何?」
生クリームがたっぷり乗っかった甘い香りのパンケーキに手を付ける事無く、急かす様に訊ねた。
「課長さんって、せっかちね。
それより、お2人の馴れ初めなんか聞かせてもらいたいわ」
「ふざけないで」
「あら?ふざけてなんかないわよ。
私は大真面目で聞いてるんだけど…」
理子が何を言いたいのかさっぱり分からずイライラする。
「ところで、仁さんはお元気?」
どうしてここで仁が出てくるのよ。
まさか…この娘、まだ仁の事を?
「専務は元気よ。
彼も、もうすぐ結婚するわよ」
「えっ…?」
今まで余裕の表情を見せていた理子が、初めて動揺した。
それが妙に嬉しくて、得意げに言ってやったんだ。
「残念だったわね。あなた、振られちゃったみたいね」
「振られた?バカな事言わないで。
私は仁さんの事なんて好きじゃないわよ」
「それは、どうかな…
私、見たのよね。居酒屋で、あなたが専務にキスをせがんでるところを…」
…そう、デザイン企画部の皆と居酒屋へ飲みに行った時、トイレの前で仁と理子はキスしてた。
「あぁ…、アレね。
あの頃、仁さんと課長さんはいい仲だったんでしょ?
とぼけてもダメよ。仁さんは認めたんだから。
私、人のモノだと思うと欲しくなっちゃうのよね~
特に、偉そうな課長さんのモノだと思ったら余計にね。
で、仁さんに、私と付き合ってって言ったのよ」
うそ…仁がこんな娘に、私との関係をベラベラ喋るなんて…信じられない。
「ホントに専務は、私と付き合ってるって言ったの?」
「ええ、言ったわ。
そう言えば私が諦めるとでも思ったのかしらね。
完全に逆効果だったけど」