涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「…そう。次回号の雑誌の締め切りが、もう数時間後に迫ってて、私は慌てたわ。
会場には、他のファッション雑誌の記者も来てたし、次回号に載せられなかったら間違いなく先を越される。
なんとしても自分が発掘した新人デザイナーとして紹介したかった私は、舞台のそでに戻って来た彼女を捉まえて写真を撮り、質問攻めにした。
彼女、戸惑ってて、ほとんど喋ってくれなかったけどね…
そして急いで記事を書き編集部にメールで送ったら、見事採用されて、次回号に掲載が決まったのよ。
嬉しくて、その雑誌が刷り上がると、発売日前に彼女に届けたわ。
そうしたら…
雑誌を見た彼女がとんでも無い事を言い出したのよ。
『このドレスは、私がデザインしたモノじゃない…』と…
彼女が言うには、そのドレスは共同デザイン者の彼氏が、自分の為にデザインしてくれたウエディングドレスなんだと」
…彼氏?…ウエディングドレス?
「それを聞いた私は焦ったわ。
発売日は明日、差し替えは不可能だった。
だから私は、彼女に頼んだ。このドレスをデザインしたのはあなたって事にしてって」
「うそ…」
「嘘じゃないわ…。
もちろん、彼女は納得してくれなかった。
でも、私は必死で彼女を説き伏せ、半ば強引にそういう事にしてしまったよ。
記事の反響はハンパなかった。
彼女は数年でトップデザイナーに成長したわ。
あ、誤解しないでね。彼女が有名になったのは、元々、彼女に素質があったからよ。
でも…それから18年…
私の気持ちが晴れる事は無かった。
あのドレスをデザインした彼の事を思うと…」
工藤さんの声が震え、眼には涙が溢れていた。
「その、彼って…もしかして…」
私の想像がハズレている事を祈りながら、恐る恐る訊ねてみる。
でも…