涙と、残り香を抱きしめて…【完】

そんな事言われてもなぁ…


「勝手に押し掛けちゃっても、いいんでしようか?」

「何、遠慮してるの?
あなたは彼の婚約者でしょ?
いいに決まってるじゃない。

こっそり会いに行って驚かせてやったら?
きっと、喜ぶわよ」


さっきまでのシンミリとした雰囲気は消え、やけにテンションの高い工藤さんに押され気味。


一応、考えておきますと答え、そろそろ帰ると言う工藤さんと共に喫茶店を出た。


でも、マンションまでの帰り道、私の頭の中を占領していたのは、成宮さんではなく…


仁だった。


私の知らなかった仁の過去…


仁も、色々あったんだね。


ねぇ、仁…
私がもっと早く生まれ仁と出逢っていたら、私達の関係は違っていたのかな…


マダム凛子じゃなく、私を選んでくれたのかな…


木漏れ日が差し込む歩道をゆっくり歩きながら、若かりし頃の仁の姿を想像してみる。


すると、その隣に可愛かったという学生時代のマダム凛子の顔がぼんやり浮かんだ。


もちろん、それは私の勝手な想像に過ぎなかった。けど、その顔に見覚えがあったんだ…


どこかで見た顔…どこかで見た表情…どこかで…


あっ!!


「…安奈…さん?」


暖かな日差しに照らされているにもかかわらず、寒気がして全身に鳥肌が立った。


どうして今まで気付かなかったんだろう…


安奈さんは、マダム凛子に似てる…
長い睫毛に大きな瞳、シャープな顎のラインやぷっくりとした唇。
顔だけじゃない。小柄なわりには長い手足


それに、気の強いあの性格…


上げればきりが無い。


まさか…仁が安奈さんを選んだ理由は、安奈さんがマダム凛子に似てたから?


仁本人も気づかぬ内に、安奈さんに若い頃のマダム凛子の面影を重ねていたんだとしたら…


仁はまだ、マダム凛子の事を…


忘れていない…?




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