涙と、残り香を抱きしめて…【完】

そして、次の日


私はあえて仁を見ない様にしていた。
仁と眼が合えば、昨夜のあの感情が蘇り、とんでもない事を言ってしまいそうで怖かったから…


いつも通り…
そう…いつも通り…


自分にそう言い聞かせ
高ぶる気持ちを必死で抑えていた。


そして、午後の3時半をまわった頃だった。突然、明日香さんが大声を上げる。


「島津課長!!ランウェイに敷くレッドカーペットのカラーチェックしてないでしょ?」

「はぁ?それは、もう…」

「参ったなぁ~今日中にって、業者の方から言われてたのにー」


明日香さんったら、何言ってるの?
それは昨日、明日香さんと業者さんの所に行ってチェック済みなのに…


キョトンとしてる私に明日香さんが近づいて来ると、仁の方をチラチラ見ながら耳元で囁く。


「今日、成宮部長のとこに行くんでしょ?」

「え、えぇ…」

「業者のとこに行くって事にして直帰すればいいわ。
今から出ればマンションに寄って駅に向かっても、5時の新幹線に間に合うでしょ?」

「明日香さん…」

「ほら、行きなさい。
少しでも早く会いたいでしょ?」

明日香さんに背中を押されオフィスを出る。


ヤダ…こんな事していいのかな?なんて戸惑いながらも、マンションに向かい荷造りを済ませていたキャリーバックを持ち名古屋駅に急いだ。


明日香さんのお陰で、5時3分発の新幹線に無事乗る事が出来た。
東京着は6時43分か…


徐々に暗闇に包まれていく窓の外を眺めながら成宮さんの事を想うと、自然に笑みが零れる。


そうだ。成宮さんに連絡しなきゃ…


バックから携帯を取り出しメールを打とうとしてフッと手を止めた。


そう言えば、工藤さんが言ってたよなぁ…
連絡しないで行って驚かせてやれって。


うん。それもいいかも。


彼の驚いた顔を想像しながら、ゆっくり携帯をバックにしまい再び窓の外に視線を向けた。


久しぶりに会う愛しい人に抱かれる自分を想像しながら…


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