涙と、残り香を抱きしめて…【完】

悲しみの果てに…


その後の事は、よく覚えていない。


どうやって切符を買ったのか…
どうやって新幹線に乗ったのか…
記憶は曖昧だった。


意識がハッキリしてきたのは、新幹線が浜松を過ぎた頃。
窓ガラスにもたれ掛り、ぼんやりと浮かんでは消える光を見つめていた。


何も考えたくない…
そう思っていても、意に反して次々に湧きあがってくる疑問。


その中でも、一番の疑問は…


なぜ、安奈さんなの?


安奈さんは、仁の同棲相手じゃない。
仁は離婚してまで彼女との関係を大切にしてたのに、なぜ?
それに、仁はこの事を知ってるんだろうか?


そして、成宮さんと安奈さんは、いつから…


「あっ…」


私の頭の中に、ある場面が鮮明に蘇ってきた。


あの時…
成宮さんがグランのスパイという事がバレて姿を消した時…
安奈さんが、どうしてあんなに取り乱していたのか不思議だったけど、そういう事だったのか…


あの頃から成宮さんと安奈さんはデキてたんだ。
バカな私。どうしてあの時、気付かなかったんだろう。


隣同士なんだもの。
私や仁の知らない所で、何か接点があったのかもしれない。


それに、成宮さんがマダム凛子と会ってたという嘘…
あの時も、おそらく安奈さんと会ってたんだ。


今思えば、怪しい場面は多々あったのに、私は軽く流していた。


それは、成宮さんが私を裏切る事など無いと安心し切っていたから…
彼は私に夢中…なんて自惚れていたからかもしれない。


結局、私は2度も安奈さんに大切な人を奪われた事になる。


仁に続き…成宮さんまでも…


私がどんな想いで仁を諦めたと思ってるの?
そして、やっと見つけた心の寄り所。成宮さんという居場所まで…


許せない…


そう思った一方で
もういい…
もう、何もかもどうでもいいよ。
という気持ちにもなっていた。


成宮さんも好きにすればいい。
安奈さんが良ければ、彼女と付き合ったらいいじゃない。


彼を信じた私がバカだったんだ…


投げやりな気持ちになり、眼を閉じるも、私は大事な事を忘れていたんだ。

< 265 / 354 >

この作品をシェア

pagetop