涙と、残り香を抱きしめて…【完】
悲しみの果てに…
その後の事は、よく覚えていない。
どうやって切符を買ったのか…
どうやって新幹線に乗ったのか…
記憶は曖昧だった。
意識がハッキリしてきたのは、新幹線が浜松を過ぎた頃。
窓ガラスにもたれ掛り、ぼんやりと浮かんでは消える光を見つめていた。
何も考えたくない…
そう思っていても、意に反して次々に湧きあがってくる疑問。
その中でも、一番の疑問は…
なぜ、安奈さんなの?
安奈さんは、仁の同棲相手じゃない。
仁は離婚してまで彼女との関係を大切にしてたのに、なぜ?
それに、仁はこの事を知ってるんだろうか?
そして、成宮さんと安奈さんは、いつから…
「あっ…」
私の頭の中に、ある場面が鮮明に蘇ってきた。
あの時…
成宮さんがグランのスパイという事がバレて姿を消した時…
安奈さんが、どうしてあんなに取り乱していたのか不思議だったけど、そういう事だったのか…
あの頃から成宮さんと安奈さんはデキてたんだ。
バカな私。どうしてあの時、気付かなかったんだろう。
隣同士なんだもの。
私や仁の知らない所で、何か接点があったのかもしれない。
それに、成宮さんがマダム凛子と会ってたという嘘…
あの時も、おそらく安奈さんと会ってたんだ。
今思えば、怪しい場面は多々あったのに、私は軽く流していた。
それは、成宮さんが私を裏切る事など無いと安心し切っていたから…
彼は私に夢中…なんて自惚れていたからかもしれない。
結局、私は2度も安奈さんに大切な人を奪われた事になる。
仁に続き…成宮さんまでも…
私がどんな想いで仁を諦めたと思ってるの?
そして、やっと見つけた心の寄り所。成宮さんという居場所まで…
許せない…
そう思った一方で
もういい…
もう、何もかもどうでもいいよ。
という気持ちにもなっていた。
成宮さんも好きにすればいい。
安奈さんが良ければ、彼女と付き合ったらいいじゃない。
彼を信じた私がバカだったんだ…
投げやりな気持ちになり、眼を閉じるも、私は大事な事を忘れていたんだ。