涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「早く…」
平然とした顔で、そう言う男性に向かい
私は必死で首を振る。
「イヤです…そんな事、出来ません…」
「どうして?
今まで試着してもらったモデルは
そんな事、誰も言わなかった。
そのブラをデザインした者としては
ちゃんと確認したい」
「でも…ここで外すなんて…
恥ずかしくて…」
「恥ずかしい?…それでも君は、プロか?」
容赦なく吐き捨てられた言葉に涙が滲む。
いつまで経っても、私は中途半端
プロになり切れない
ダメなモデル
そもそも、こんな私がモデルなんて華やかな世界に憧れたのが間違いだったんだ…
「私は…プロなんかじゃありません…
私なんか…モデルになる資格なんてないんです…」
自分の不甲斐無さと
私の前に立ちはだかる男性への恐怖心で
いく筋もの涙が頬を伝う。
まるで時間が止まった様な静まり返った部屋で
私の嗚咽だけが悲しく響く最悪な状況
そんな中
突然、男性が私の顎に手を添え
そのまま強引に上を向かされた。
私の溢れる涙を目の当たりにした男性が
なぜか、優しく笑う。
「その顔…」
「……?」
「凄く…いい」
「えっ?」
「泣き顔が、最高に綺麗だ…」
泣き顔が綺麗だなんて
そんな事、本気で言ってるの…?
「安部ちゃん、この顔撮ってくれる?」
振り返った男性が、カメラマンを呼び
私は男性に腕を掴まれ
さっきカメラテストをしたスタジオに引っ張られて行く。
訳が分からないまま
照明を当てられ
撮影が開始された。
「君は何も考えなくていい。
ありのままの君を撮らせてくれ…」