涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「明日香さん…気付いてたの?」
「あの話しを聞いた時の星良ちゃんの様子が気になって、あなたがトイレに掛け込んだ後、新井君が隣のOLと盛り上がってる間にこっそりマスターに聞いたのよ。
その常連さんって、もしかして水沢仁じゃないの?ってね。
見事、ビンゴだったわ。
で、これはヤバいと思ったのよ…
結婚間近の星良ちゃんが、専務の事を気にしだしたらややこしい事になる。
だから次の日、成宮さんに会いに行ける様にって嘘のアポまで仕組んだのに…
こんな事になるなんてね」
「…じゃあ、明日香さんは全て知った上で私を成宮さんの所に行かせたの?」
「まぁね」
はぁ~…全然、気付かなかった…
呆然と明日香さんの顔を見つめている私に、更に驚きの事実が告げられる。
「やっぱり、星良ちゃんには専務がお似合いのかもしれない。
成宮部長と結婚する前に気付く事が出来て、ある意味、良かったのかも」
「それ、どういう意味?」
そうよ。私が成宮さんと仮に別れたとしても、仁と再び付き合う事なんてありえないのに…
「専務には、口止めされてたんだけどね…」
「口止め?」
「うん、専務が離婚を決意した理由…」
「それは、安奈さんと結婚したいと思ったからでしょ?」
「星良ちゃん、本気でそう思ってたの?」
「…うん」
「やっぱ、そうか…」
そう言ったっきり、急に無口になってしまった明日香さん。
彼女の眼の前の鯖の塩焼きは、既に箸で突っつきまりられフレーク状に姿を変えている。
何時まで経っても何も言わない明日香さんに痺れを切らし声を掛けると、やっと彼女が口を開いた。
「…専務が離婚を決めたのはね。
星良ちゃん、あなたの為だったのよ」
「えっ…?」
自分の耳を疑った。
何言ってるの?明日香さん…
「星良ちゃんと一緒になりたくて、専務は…離婚しようとしたのよ」