涙と、残り香を抱きしめて…【完】
その後、会社に戻ると応援の社員達はそれぞれの部署に戻ったのか、オフィスはガランとしていた。
新井君も今日は一日、外回りか…
自分の席に着くと、明日香さんの言葉を思い出しながら色々、考えてみた。
自分が本当に求めてるモノ…
今なら、自信を持って言える。
それは、間違いなく水沢仁だ。
この答えに辿り着くまで随分、遠回りしてきた様な気がする。
でも、そんな事は、とうに分かってたんだ。
認めたくなかっただけ。
うぅん。正確には認めちゃいけないと思ってたんだ…
仁に愛されてない…という自分の勝手な思い込みで、傷付く事を恐れ自らその想いを心の奥底に押し込め封印してきた。
でも、知ってしまったから…
あなたの本当の気持ちを…
解き放たれた溢れるほどのこの想いは、もう抑える事は出来ない。
西日に照らされオレンジ色に染まる仁のデスクさえも愛おしくて、そっと席を立ち、彼のデスクの上に置き去りにされてたシガーケースを指先で弾いてみる。
仁…
マンションの部屋で仁が私を抱いた後、いつもあなたはこのシガーケースからタバコを取り出し火を点けると、ソレを私の口に銜えさせニッコリ笑ってくれたよね。
あの笑顔を、もう一度、見たい…
そんな事を思いながらシガーケースからタバコを一本引き抜き、当然の様にソレを銜え火を点ける。
思い出すよ…
儚くチリチリと小さな音を立て燃えるタバコの先から、青白い煙が立ち昇っていく様子を、仁はいつも眼を細め眺めていた…
仁…また2人で、この揺れる煙を見上げる事は出来るかな?
「あら、禁煙してたんじゃないの?」
パソコンを打つ手を止め、明日香さんが意味深な笑みを浮かべてる。
「禁煙なんて、やめたわ…」
「そう…やっと、決心したみたいね」
「えぇ…」
再び明日香さんが打つキーボードの音がオフィスに響き、私は朱色に染まった空を見つめながら、ゆっくり一筋の煙を吐き出した。