涙と、残り香を抱きしめて…【完】

やっと、仁に自分の気持ちを伝える決心をしたのに、この日、仁は会社には戻って来なかった。


マンションに帰ってからも、仁の部屋を何度も覗きに行ったが、深夜になっても帰って来た気配は無くなんだか不安になる。


どうしたんだろう…
まさか…また、マダム凛子と…


しかしその理由は、次の日、出社してすぐに分かった。


「えっ?式場に泊まり込み?」

「はい。ショーが終わるまで、あっちに泊まり込むって話しですよ」


得意げにそう話すのは、新井君。


「なんで私達が知らない事を新井君が知ってるのよ?」


明日香さんが納得いかないって感じで唇を尖らせてる。


「そんな睨まないで下さいよー!!
実は昨日、帰社して地下の駐車場で少し休んでたんですよ」

「はぁ?サボってたの?」

「あ、いや…、前の日に久しぶりに会ったツレと…飲み過ぎちゃいまして…」

「呆れた。二日酔い?
で、なんでその事と専務の情報が関係あるのよ?」


ムッとした明日香さんが新井君の肩を突っつく。


「えっと…ですね。
すっかり爆睡しちゃいまして…

車が入ってきた音で眼が覚めたのが夜の8時。
で、降りてきたのが、専務とマダム凛子先生だったんですよ」

「なるほどね。そこで盗み聞きしたってワケか…」


事情を把握した明日香さんが一気にテンションを下げ、自分のデスクに戻って行く。ところが、それを見た新井君が慌てて明日香さんを引きとめた。


「ちょっと待って下さいよー!!
まだ続きがあるんですからぁー」

「あん?何?」

「僕が聞いたのは、それだけじゃないんですよ!!
あの2人…絶対、怪しいっすよ」

「えっ…?」


驚いて顔を上げると、明日香さんと眼が合いお互い無言で見つめ合う。


「それ…どういう事?」


気持ちを落ち着かせ新井君にそう訊ねると、何も知らない新井君は最高の笑顔で話し出したんだ…
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