涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「あっ…」
その瞬間、全ての人の動きが止まり、中庭は水を打った様に静まり返った。
彼氏までもが、呆然と自分の彼女を抱きしめる仁を見つめている。
マダム凛子は既に抵抗を諦めたのか、微動だにせず、成すがまま仁の胸に抱きしめられている。
「仁…」
人目も憚らず抱き合う2人を目の当たりにして、私の心は凍りついていく…
遅かったんだろうか…
もう、私が入り込む余地は無いんだろうか…
暫くすると、仁は落ち着きを取り戻したマダム凛子の体を放し軽く頭を撫でると、彼氏に一言、二言、話し掛け何事も無かった様に歩き出す。
それを見た周りの人達も安心したのか、それぞれの持ち場に戻って行く。
でも私は、今見た抱き合う2人の残像が眼の前から消えず、身動き出来ずにいた。
「星良ちゃん…」
「…明日香さん…今のって…やっぱり…」
「行きなさい」
「えっ?」
「専務のとこに行くの。早く自分の気持ちを伝えてきなさい。
成宮さんは私が引き止めておくから…早く…」
明日香さんも焦っていたんだと思う。
私の体を突き飛ばし、すっかり完成した披露宴会場が入ったホールを指差す。
私はよろけながら夢中で仁の後を追いホールへと入って行くと、エントランスのソファーに腰掛けた仁を見つけた。
真新しい大理石の床にヒールの音を響かせ仁に駆け寄ると、顔を上げた仁が驚いた様に眼を見開く。
「島津…どうした?」
「仁…」
「なんで、お前がここに居る?」
「話しが…あるの」
切羽詰まった私の様子に何かを感じたのか、見ていたファイルと閉じ、真っすぐ私を見据えた。
「言ってみろ…」
真剣な仁の眼差しに、心臓がドキリと音をたてた。
勢いでここまで来ちゃったけど、いざとなると怖くなる。
でも、後悔はしたくない。
「私…成宮さんとは、結婚しない…」
「なっ、何言ってる?」
「私が好きなのは…」
「えっ?」
「…仁、あなた…だから…」