涙と、残り香を抱きしめて…【完】
それは…運命
「ショー本番までに、もう一度、顔出しなさい。
渇入れてあげるから」
「分かりました。必ず来ます。じゃあ、私はこれで…お大事に。失礼します」
桐子先生に頭を下げ病室のドアを閉めた直後、背後に人の気配がして振り返ると、そこに居たのは…
「香山…さん」
「やあ、来てくれたんだね」
いつもと変わらぬ優しい笑顔だ。
「帰るんでしょ?玄関まで送るよ」
「そんな…お気遣いなく。香山さんは桐子先生の側に居てあげて下さい」
恐縮しながらそう言った私に、香山さんは「星良ちゃんに話しがあるんだよ…」と微笑む。
「歩きながら話そうか?」
「あ、はい…」
香山さんにつられ歩き出すと「忙しい時なのに、桐子の話し相手になってくれて有難う」と頭を下げられた。
「えっ…もしかして、桐子先生と私の会話…聞いてたんですか?」
「僕の話題だったからね。なんだか照れ臭くて病室に入れなかった」
「あ…すみません」
「いやいや、君が謝る事はないよ。
むしろ感謝してる。
星良ちゃんに胸の内を聞いてもらえて、桐子もスッキリしたんじゃないかな…
それに、君に色々説明する手間がはぶけたし」
エレベーターのボタンを押しながら振り向いた香山さんの顔を見てドキッとした。さっきまでの穏やかな表情は消え去り、真剣な眼差しが刺す様にこちらを見つめている。
「桐子がモデルクラブ辞めるって話し…聞いたよね?」
「は…い」
「あれは桐子の本心じゃない。
本当は辞めたくなんかないだよ。
しかし、いつ自分の体が動かなくなるか不安で、生徒さん達に迷惑を掛けたくないからあんな事を言い出したんだと思う」
やはり、そうだったんだ…
あんなに熱心に指導してた桐子先生だもの
ホントは続けたいと思っているんだよね…
「そこで、星良ちゃんに頼みがあるんだが…」
「はぁ…」
到着したエレベーターの扉が開いたのも無視し、香山さんが私に深々と頭を下げた。
「桐子のモデルクラブを、引き継いでもらえないだろうか…」