涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「マダム…凛子が…仁を?」
それが何を意味しているのか…
言わずとも分かる。
日本を離れるマダム凛子は、仁をパリに連れて行きたいんだ…
だからピンク・マーベルに経営を任せられないとか難癖を付けてパリに共同出資のショップをオープンさせる様に仕向けた…
"マダム凛子"というブランドの力を使いこの会社の人事まで思い通りにしてしまう彼女に怒りをお覚える。でもそれと同時に、なんの力もない自分が惨めでならない。
やっぱり、仁は才能あるマダム凛子の方がいいのかな…
私には、もう一切の希望もないのかな…
溢れ出た涙が視界を遮り「あくまでも噂だから…」と声を掛けてくれる明日香さんの顔も滲んで見えない。
仁…
離れたくないよ…
仁の側に居たいよ…
「ごめんね…嫌な話し聞かせちゃって…」
涙が止まらない私を抱きしめ明日香さんが何度も謝ってくれた。
「違う…明日香さんは悪くない…」
そう…誰が悪いワケじゃない。
マダム凛子だって、仁が好きだから一緒にパリに行きたいと思っただけ。
私が仁の事をこんなに想っているなんて知らないんだから…
「ねぇ、星良ちゃん…私思うんだけど…
このままショーが終わるまで専務の気持ちを確かめなくていいのかな?
確かに今の専務はショーの事で頭が一杯かもしれない。
でも、星良ちゃんが真剣に話せばちゃんと答えてくれるはずよ。
こんな気持ちのままじゃあ、ショーにも影響するかも…
今から専務に会いに行こう?
私も一緒に話してあげるから…」
「明日香さん…」
そこからの明日香さんの行動は早かった。
腕を掴まれたと思ったら、私に考える間も与えず強引に地下駐車場に引っ張って行く。
「星良ちゃん、乗って!!」
「う、うん…」
ここまで来たら私も覚悟を決めるしかないか…と社用車の助手席のドアを開けたんだけど…
「あっ…」
「何?どうした?」
「ごめん…明日香さん。
私、仁の所に行く前に、どうしても行きたいとこがあるの…」