涙と、残り香を抱きしめて…【完】

揺るぎない自信


明日香さんに社用車でマンションに送ってもらっている途中、車が予期せぬ所で左折した。不思議に思い明日香さんに訊ねると、中央病院に行くと言う。


「どうして?」

「桐子先生に会ってきなさいよ」

「えっ?」

「この前、会えなかったでしょ?約束は守らないとね」

「明日香さん…」


明日香さんは私を病院の玄関前で降ろすと「また明日!!」そう言って帰って行った。


有難う…明日香さん。
ホントはね、私も桐子先生に会いたいって思ってたんだ…


病室の前に立ち、一つ大きな深呼吸をして気合いを入る。


「失礼します…」

「島津さんね。そろそろ来る頃だと思って待ってたのよ」

「えっ…」

「凛子からメールがあったの。
今日のリハは随分、酷かったみたいね」


あぁ…全部バレてるんだ…


シュンとしてベットの横に立つと、桐子先生が私を見上げため息を付く。


「困った娘ね…。これでKIRIKOモデルスクールの評判はガタ落ちだわ…」

「す、すみません…」

「私はあなたをどこに出しても恥ずかしくないモデルに育てたつもりよ。
なのに、こんな結果になるって事は、私の指導が間違っていたってことかしらね?」

「そんな…桐子先生は悪くありません。悪いのは…私です」


慌ててそう言うと、呆れ顔の桐子先生がクスリと笑った。


「島津さん、前にも言ったと思うけど、あなたに足りないモノ…
それは自信と経験よ。
経験は仕方ないとしても、自信が無いのは問題だわ」


それは、何度も桐子先生に言われた言葉。
頭では分かっていても、いざとなると、どうしても委縮してしまう。


「ねぇ、そんなに背も高くない私が、世界で活躍出来たのはどうしてだと思う?」


突然の質問に首を振ると、桐子先生が真剣な眼差しで話し出す。


「それはね、デザイナーがその衣装をどう表現して欲しいか理解した上でステージに立ってたからよ。

衣装には一つ一つ、デザイナーが思い描くイメージってモノがあるの。
これはこう表現して欲しい…って感じのね。

その気持ちを読み取り、その通りにしてあげればデザイナーは喜び、また私を使いたくなる。

あくまでもランウェイでの主役は衣装よ。
どの角度から見ても完璧な美しさを観客に見せなければ意味がない。

そこでもう一つ大切な事。
それは、この与えられた衣装を最高に美しく表現出来るのは私しかいないんだと思い込む事。
揺るぎない自信よ」

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