涙と、残り香を抱きしめて…【完】
騒がしかったチャペルが徐々に静けさを取り戻し、残って居るモデルは私一人…
扉の前ではマダム凛子が微笑んでいる。
「どうやら、吹っ切れたみたいね」
「はい」
「さっきは、偉そうな事言ってたじゃない」
「あ…聞いてたんですか?」
苦笑いする私に、マダム凛子は「そのくらいの気持ちがなくちゃね…」と安心した様に笑う。
「実はアレ、桐子先生に言われた言葉なんです」
「でしょうね…」
納得した顔で頷くマダム凛子に、私は気になっていたあの事を聞いてみた。
「でも、どうして晴れるって分かったんですか?
あの時はまだ、凄い雨だったのに…」
「あぁ…その事ね…」
そう言った彼女の顔は、まるで少女の様な恥じらいの笑みを浮かべていた。
「彼がね…そう言ったのよ。
雨は必ず止むからショーをやろう…って」
「えっ?」
彼って…仁の事だよね?
でもまさか、そんな根拠もない理由で大博打みたいな賭けをしたって言うの?
仁の言葉を信じて…?
「私は彼を信じてる。だから彼の言葉も信じるのよ」
負けたと思った。
そこまで仁を信頼しているマダム凛子の愛の深さに…
でも、その言葉を聞けて良かったのかもしれない。
これでスッキリした。
仁を…忘れられる。
全てを忘れられる…
扉の前に立った私にスタッフが合図をすると、眼の前の白い扉がゆっくり開いていく。
すっかり日が暮れた空には、満天の星空。
そして、暗闇から一本の光が放たれ私の姿を捉えると、会場からは拍手が巻き起こる。
「行って来ます」
前を向いたまま、マダム凛子にそう言うと、彼女から意外な言葉が返ってきた。
「島津星良…幸せになりなさい」