涙と、残り香を抱きしめて…【完】
その言葉の意味を聞く間もなく扉が開き、マダム凛子の笑顔に見送られ私はランウェイに足を踏み出した。
照明が当たっているのは私だけ、周りは闇に包まれている。
チャペルの鐘の音と共に聞こえてきたのは、聖歌隊の子供達が歌う讃美歌。清らかな歌声が夜空に響き渡り幻想的な雰囲気が漂う。
長いベールを引きながら、一歩、また一歩と歩き出すと、ここに辿り着くまでの様々な出来事が脳裏を過り瞳が潤るんでいく。
私は2つの大切な愛を失った。だけど、それ以上に大切な何を得た様な気がする。
私を支えてくれた人達に感謝せずにはいられない。
その思いを伝える為に、今、私はここに居るんだ。
私をモデルに選んでくれたマダム凛子。
モデルにとって何が大切かを教えてくれた桐子先生。
公私共々、常に私に寄り添ってくれた明日香さん。
編集者なのに、このショーに尽力を尽くしてれた工藤さん。
その他にもピンク・マーベルの社長や社員の皆。
そして、仁と成宮さん…
有難う…
どうか深紅のランウェイを歩く私を…成長した私のこの姿を見て欲しい。
何時しか、見られてるという事が最高の喜びに変わっていく…
そのゾクリとする快感に興奮を覚えずにはいられない。
眩しいシャッターの光
人々のため息
なんて素敵なんだろう…
こんな世界があったんだ…
気持ちを抑えきれず両手を広げアピールすると、歓声が巻き起こる。
花嫁になり損ねてしまった私だけど、今、この瞬間だけは世界で一番幸せな花嫁になろう。
優雅で華麗な最高のドレスを纏った花嫁に…
そして、ランウェイをほぼ歩ききった私の眼の前に美しい夜景が広がり、もう一つの照明が私の前方に居る人物を照らし出した。
真っ白なタキシードの背中
成宮さんだ…
その背中にゆっくり歩み寄ると、自分の腕を彼の腕に絡める。
次の瞬間、会場全てのライトが一斉に光を放ち、一瞬にして真昼の様な明るさになった。
その眩しさに思わず眼を細めた私の耳元で彼が囁く。
「お帰り…星良…」