涙と、残り香を抱きしめて…【完】
リビングに戻った私に
「ちゃんと歯も磨いたか?」
と、しかめっ面で聞いてくる仁
「うん…」
「ホント、困ったヤツだ…」
そう言いながらも
私に向かって手を差し出す。
「…おいで。星良」
「仁…」
絡めた指から伝わってくるあなたの体温だけで
体の芯が熱くなり、跡形も無く溶けてしまいそう…
ソファーに腰掛けた仁の膝の上に座り
後ろから抱きしめられると
ほのかに仁の香りがした。
この香り…好き。
その仁の香りで私を包んで欲しいの
その香りの中で抱かれたい…
そして、その香りの中で目覚めたい…
なのに、あなたは帰って行く。
どんなに夜遅くなっても、ここに泊まることはない。
なぜなの?
自分の部屋に帰っても
待ってる人なんて居ないのに…
別居して10年になる奥さんにまだ未練があるの?
未だに左手の薬指に光るソレが
私と仁の間に見えない壁を作っているようで
悲しくなる。
一度だけ、冗談ぽく
「外しちゃえば?」と言ってみた。
でも仁は、言葉を濁し寂しく笑うだけ。
だから不安になる。
仁にとって、私の存在とは、なんなんだろう…と
「ねぇ、仁…」
「喋るな…
今夜は、とことんイジめてやるからな…」
いつもそう…
私がその事を聞こうとすると
まるで聞くなと言ってるみたいに
キスで私の口を塞いでしまう。
それがあなたの手だと分かっていても
惚れた弱み
それ以上は逆らえなくて
甘くイジワルなキスに溺れていく…
せめて、"愛してる"その言葉が欲しい…
そう思うのは、我がままなの?