涙と、残り香を抱きしめて…【完】
「あ、専務、お早うございます」
「お早う」
他人行儀な挨拶を交わす私と仁を見て
成宮蒼が絶句してる。
「み、水沢専務も、社宅だったんですか?」
「あぁ、そうだ。
寂しい一人暮らしだよ」
寂しいねぇ…
ツッコミを入れたいところだったが
成宮蒼の手前、グッと我慢。
「驚いたな…まさか、水沢専務と島津部長がここに住んでたなんて…」
「そういう事だ。
悪さしたら、すぐバレるぞ!!成宮部長補佐」
「な、悪さなんて…ガキじゃあるまいし」
「ははは…女を連れ込むのは、ほどほどにな」
「参ったなぁ…」
参ったなぁ…って、言いたいのは、私も同じ
今まで誰の眼も気にせず仁とプライベートを楽しんでいたのに
成宮蒼が引っ越して来たお陰で
マンションでも気を使わなくちゃいけなくなった。
いつもだったら
ここで『お早う』のキスしてもらえてたのに…
なんだか損した気分。
エレベーターに乗り込む瞬間
私は唇を尖らせ仁をチラッと見ると
彼は成宮蒼に気付かれない様に
ソッと私の腰に手をまわす。
成宮蒼の大きな背中を見つめながら
仁の手がスルリと下に滑り
スカートの中へと侵入してきた。
「仁…」
驚いて口パクで彼をいさめるも
平然とした顔で、手だけをゆっくり動かす仁。
パンスト越しに冷たい指先が肌に触れるとゾクリとする。
直で触られるより、妙に感じてしまう…
成宮蒼さえ居なければ
私は間違いなく
仁に抱き付いていた。
もどかしい想いにイライラが募る。
チーン…
普段は一階のエントランスを抜け
マンションの玄関前で仁と別れる。
彼は車通勤
私は地下鉄
他の社員に怪しまれない様に
出勤は別々にしてる。
でも…
「今日は車に乗せてってやるよ」