涙と、残り香を抱きしめて…【完】
そろそろ二次会へ行こうと言い出した他の社員達を適当にあしらい
俺は酔っぱらった星良を抱え居酒屋を出た。
凍えるような冷たい夜風を避けるように、自然と星良を抱く腕に力が入る。
タクシーの中でも、星良は俺の肩に寄り掛り荒い呼吸を繰り返していた。
マンションに到着し、部屋の前まで来ると、やっと星良が口を開き「…ありがとう」そう言って、自分の部屋に入ろうとする。
「待てよ。他になんか言うことないのか?」
「えっ?」
「なんか嫌なこと…あったんだろ?」
「あ…」
一瞬、困った表情を見せた星良だったが、直ぐに苦笑いを浮かべ
ポツリと呟く…
「彼と…終わったの」
「はぁ?あの不倫してた男のことか?」
「そう…。失恋しちゃったんだ…私」
俺にとっては、願ってもない展開。
だが、無理に笑顔を作ろうとしてる星良の姿に胸が痛んだ。
「成宮さんが言った通りだった。
バカだったんだよ。私…
所詮、遊びの女でしかなかったんだ…」
俯いた星良を、俺は堪らず抱きしめていた。
そういうことか…
今日の星良は、どこかおかしかった。
理子とムキになって言い合いなんて、変だと思ったんだ…
「これで良かったんだよ」
そう…これで良かった。
お前が弄ばれてる姿なんて、想像したくもねぇ…
「…大丈夫か?」
今までの俺だったら、この絶好の機会を逃すなんてことはない。
気弱になった女を言葉巧みに部屋へ連れ込み
優しく慰め…
打算的に…抱く。
しかし星良には、そんな事はしたくない。
それは、それだけ大切にしたい女だから…
愛おしく彼女の髪を撫でると
俺の腕からスルリと抜け出した星良が頷く。
「ごめん…平気…だから…」
大きな瞳が揺れていた。
今にも零れ落ちそうな涙を隠すように、星良は扉の向こうに消え
俺は静まり返った冷えた空間で一人
彼女の部屋の扉を見つめた。
今夜泣いたら、全て忘れろ…
いや、俺が忘れさせてやる。
星良は、俺が守る…