涙と、残り香を抱きしめて…【完】
オフィスを出て並んで歩く星良の横顔に俺は静かに話掛ける。
「今日、仕事が終わったら、付き合ってくれ」
「えっ…?」
「嫌とは言わせない。いいな?」
星良の歩みが止まり、誰も居ない廊下は水を打った様に静まり返る。
視線を落とし唇を噛む星良の肩をソッと抱き寄せると、彼女の体がビクリと反応した。
「不倫相手とも綺麗さっぱり縁が切れたんだ。
もう、俺を避ける理由はないだろ?」
「…でも…」
「でもなんだ?」
「付き合ってた人と別れて、すぐに別の人なんて…」
「ふーん…意外と古風なとこあるんだな。
だが、今日は譲れねぇな。
どんなことがあっても付き合ってもらう」
「成宮さん…」
俺を見つめる大きな瞳は、まるで捨てられた子猫の様に不安げで、堪らず抱きしめたくなる。
「仕事が終わったら、デザイン室で待ってる」
俺は強引に話しを終わらせると、試着室の前に立ち、何事も無かった様にドアを開け中に入った。
「はぁ~…。やっと来た?遅いよー!!」
退屈そうに伸びをした理子が、星良の顔をチラッと見ると「今日は仁さんが会社に居ないから、つまんなーい」と愚痴る。
「それは残念ね。コレ、早く試着して」
ぶっきらぼうな星良の言い方に理子の表情が険しくなり、無言で睨み合う2人
どうやらこの2人…まだ以前の事を根に持ってるようだな…
それでもなんとか試着が開始されたんだが、理子の横柄な態度が目に余り、流石に俺も頭にきて注意しようと立ち上がると…
俺が口を開く前に理子がブラとショーツを雑に掴み
吐き捨てる様に言い放つ。
「もう、早く終わらせてよね!!
彼とのデートの前にエステとネイルサロン行く予定なのに…
せっかくのイヴに仕事なんて…最悪ぅ~」
この理子の一言が、とんでもない事態を招く。
突然、星良が立ち上がったと思ったら、弾ける様な乾いた音が響いた。
パシーン…!!
おい…マジかよ…