*9月26日* ―それでも君が好き―




もうどれが本当の相澤くんかなんて分からないけど 多分今のこの笑みは違う。


それではないのは確かだった。


さりげなく時計を確認すると 昼休みもかなり時間が過ぎ そろそろ校舎が賑わいはじめてもいい頃だった。


そんな私を他所に 相澤くんが言った。


「……あ ご飯食べないとね。」


困った顔は何故か無邪気でまだ幼げな相澤くん。


「あ いいよ。 お腹減ってなかったし。」


本当のことをいうとペコペコだ。


だけどそれを隠す私は それが優しさかさえ分からないほどに子どもだった。


だから 彼の傷に優しく触れてあげられなかった。


その術さえ 知らなかったのだから。


廊下がざわざわとしだすと 相澤くんは荷物をまた席にしまいこんだ。


「帰るのやめたのね。」


いつもみたいに素っ気なく言うと 「まぁね 奈穂ちゃんが優しくしてくれたから。」と言って 私をゆっくりと見た。


「何よ そんなやらしい目で見ないでよ。 相澤くんが泣いてたから心配で……。」


私がもごもごと言い返していると 相澤くんが不意に立ち上がり 爽やかな笑顔をまといながら言った。


「俺さ 奈穂ちゃんのこと好きだよ。」


「………。」


窓から入る風が妙に冷たくなって 何故かと窓の外にゆっくりと目をやった。


「……雨雲。 これ 絶対降るね。」


灰色のずっしり重い雲。


外は一気に暗くなり 電気のついていない教室はまるでホラーに出てくる一室のようだった。


「傘持ってきてないよ どうしよう。」


二人外を見ていると またぶわっと強く冷たい風がふきつけて 嵐の訪れを予知するかのように 激しく雨が降りだした。


「あちゃー 本降りだなぁ。」


さっきから何も言わずに私を見つめる相澤くん。


真っ直ぐにそそがれる視線に気まずさとやりづらさと居心地の悪さを感じた。


「……あのさ 今のやっぱスルーできないよね。」




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