スカイグリーンの恋人


俺は声がきっかけでこの世界に入った。

人前に立ち、全身を晒す仕事をすることになろうとは、それこそ想定外だった。

佐名子さんの誘いがなければ、あのまま電話の向こう側のままだっただろう。

通販のコールセンターでオペレーターをしていた俺に、

「とてもいい声をしてらっしゃるのね 人を落ち着かせる声だわ」 

と言った客は初めてだった。

さらに 「お目にかかりたいのですが」 と言い出した北森佐名子という

女性に、俺は少なからず興味を持った。


”電話の声が気に入った 仕事の話がある 個人的に会いたい”

こんなことを言われて 普通なら 胡散臭い と警戒するものなのに、

佐名子さんの言葉は真剣で誠実さがあった。

数日後、佐名子さん本人に会って話を聞いて、俺の勘もまんざらではないと

思ったものだ。

仕事のつなぎでオペレーターのバイトをしているというと 

「それならすぐに辞められますね」 と押しの一手で俺を口説きにかかった。



「待ってください 男の客室乗務員に求められるのは 

なにより身だしなみでしょう

私のどこを気に入ってくださったのかわかりませんが ご希望には添えません」


「いいえ こう申し上げては失礼かもしれませんが 

ワイルドな外見と丁寧な物腰 

池田さん そのアンバランスさが あなたの魅力なのよ」



初対面の相手でもあり、おそらく彼女の方が年上だと思っていたので、

彼女が言うところの ”丁寧な物腰” で対応していたが、俺の本当の姿も

見てもらいたくて口調を崩した。



「俺 髪を切るつもりも 髭を落とすつもりもないです 

ロン毛で髭ヅラの客室乗務員なんて聞いたこともない

まず無理ですよ」


「無理じゃないわ 今まで長い髪の人も髭の人もいなかったけれど 

ダメってことはないはずよ 

私が交渉してみる 池田さんがどうしても興味がないのなら 

それは仕方がないけれど……

あなた この仕事に興味あるでしょう?」



俺に合わせたのか、彼女の口調も変わってきた。



< 20 / 32 >

この作品をシェア

pagetop