スカイグリーンの恋人
『みなさま 本日はグリーン・エアラインを利用くださいまして
誠にありがとうございます
この便の機長は岡本正樹 チーフ・パーサーは北森佐名子でございます
本日のクルーは 田中翔 浜川祐馬 関谷伊織……』
機内に歓声が上がり、佐名子さんの声が一瞬かき消された。
キャビンクルーの名前が告げられ、それぞれが持ち場で頭を下げる。
座席前方を担当する翔の席は若い女性が多い。
「翔くーん」 と声がかかり、笑顔を振りまきながら手を振っている。
その点祐馬の担当エリアは静かなもので、丁寧に挨拶をする彼を
静かに見守り、手を振るなどの行為は見られない。
だが、祐馬に会いたくてわざわざ彼が搭乗する便を予約する女性客も
かなりいるらしい。
今日の僕の担当は、前の二人のエリアに比べると、少し年齢を重ねた
お客さまだ。
能登半島めぐりツアーの一団だと聞いている。
佐名子さんは後部の特別席担当
後方座席は ”エクストラシート” 座席の幅も広く、座席の前後も
余裕がある。
大柄な男性も難なく座れるから男性客がほとんどだ。
僕には苦手な席だ、といってもそこはチーフだけが担当できる席だから、
経験の浅い僕らには関係ないが……
まぁ、彼らも僕らが担当するより、佐名子さんの方が嬉しいだろう。
一人の男性客の目が、佐名子さんを追いかけているのに気がついた。
あの手のタイプは厄介だ、気をつけたほうがいい。
先月、佐名子さんの腰を触ってきた男がいたが、佐名子さんのそのときの顔は
必死で苦痛に耐えていた。
「おやめください」 と言えないと知ってて手をのばすのだから、
たちが悪い。
飛行機の中は密室に近い、余計なトラブルは極力避けたい。
なのに、旅先の非日常から気持ちが大きくなり、横柄になる客も少なくない。
腰を触るだけでなく、佐名子さんの手首を握って空いた隣りの席に座らせた
男は、どこかの中小企業の社長だった。
「お客さま 乗務員の手を離していただけないでしょうか」
睨みを利かせ低く告げると 「なんだと?」 と凄まれた。
すぐにでも相手の動きを封じ込めるつもりで身構えたが
「格好だけか」 とあしらわれた。
が……「伊織君 武道の心得がある人は騒ぎを起こしてはいけないわ
あなたの関東大会優勝に傷がつくのよ」 と、
僕に向かって注意を促した佐名子さんの言葉を聞いて男の顔色が変わり、
即座に手が離された。
わざわざいう必要のない 「関東大会優勝」 を持ち出して相手を
ひるませた。
佐名子さんの機転がなければ、僕はあのままどうなっていたか。
だが、彼女に触れるのは僕が許さない。