スカイグリーンの恋人
キャビンクルー 丹沢 廉人
1
「新しい路線の許可が出そうだ」
「よかった あなたの頑張りね」
背を向けて会話をしていた彼が、こちらを向き私に歩み寄った。
「佐名子が支えてくれたからだよ」 とまろやかな声でささやき、
中指で顎を軽く上げ唇をついばむ。
私にキスを与えると、彼はネクタイを締める動作に戻った。
ほかの男性ならキザに見えることも、彼はスマートにこなしてしまう。
洗練された仕草と物腰は、私を惹きつけてやまない。
上着を羽織った後姿は、紳士と呼ぶにふさわしく、
申し分のないこの男性が私の彼なのよと、誰彼となく言いたくなる時がある。
「夜 食事に行こう」
「ごめんなさい 今日は移動日なの」
「そうか 明日のクルーは?」
「斉藤君と池田君と 廉人君」
「丹沢廉人だけ名前で呼ぶんだ 気になるね」
「深い意味はないわ 呼びやすいから……
彼が名前で呼んでくださいって そういってきたの
軽いノリが自分のキャラだって言ってたわ」
「見た目の軽さに惑わされてはいけない 彼は洞察力にすぐれている」
「えぇ 廉人君って とても思慮深いのよ 判断力もある
それを見せないところも彼の魅力ね」
「わかってるじゃないか でも 佐名子には丹沢より関谷のほうが似合いそうだ
男は真面目な方がいい」
「やめて そんなつもりはないわ」
私の肌に触れたあとで、ほかの男を勧めてくるこの人の心は、
どこを見ているのだろう。
私はあなたの心をつかまえておきたいのに……
「そう言いながら 佐名子は いつかほかの男のところに行って
しまうんだろうね」
「保彦さん……」
会うたびに搭乗クルーを確認してくるのは、私のことを気にしているから?
それとも 会話のつなぎ?
彼の心は見えないまま……
「じゃぁ 行くよ あっ そのまま ゆっくり寝てなさい」
「いってらっしゃい」
まだベッドにもぐったままの私へ、見送りはいいからと片手で制し、
彼はホテルのドアから出勤していった。
『グリーン・エアライン』 航空本部 本部長 小野寺保彦
いま彼の近くに女性はいない、それはわかっている。
肌を合わせても、女の香りがしないから……
美人の奥様がいるとか、いないとか。
離婚したとか、しないとか。
噂ばかりが聞こえてくるけれど、確かめるのが怖くて彼に聞けずにいる。
手に触れるたびに私を惑わすのは、彼の左手薬指に残る指輪のあと。
それさえなければ、申し分のないひとなのに……